Cinema
1962年、まさに経済成長真っ盛りのアメリカで『沈黙の春』を著し、農薬や化学物質による環境汚染にいち早く警鐘を鳴らしたレイチェル・カーソン。
「沈黙の春」とは、環境汚染により昆虫や魚が死滅し、春になっても鳥たちが鳴かない「死の世界」が訪れることを示唆している。
『沈黙の春』は当時大きな論議を巻き起こした。
農薬や化学物質の有害性を訴えたレイチェルに対し、産業界を中心に猛烈な誹謗・中傷が浴びせられた。
しかし彼女はそれに屈することなく危機を訴え続け、農薬の使用制限など様々な環境関連法の成立を促した。
映画 『センス・オブ・ワンダー』の原作は、彼女が『沈黙の春』を著す前にアメリカの若い母親のための雑誌に執筆したエッセイである。
彼女の死後、友人たちの手で『センス・オブ・ワンダー(THE SENSE OF WONDER)』と題して出版された。
レイチェルは、姪の息子ロジャーと一緒に自然の中に出かけ、「センス・オブ・ワンダー(=神秘さや不思議さに目を見張る感性)」を育むことの大切さを教えた。
映画では、アメリカ・メイン州に現存するカーソンの別荘周辺の森や海辺の美しい四季を描きながら、レイチェルやロジャーが感じたであろう自然の神秘、そこでの驚きや感動を再現している。
http://www.g-gendai.co.jp/movie/~senseofwonder/index2.html
近代化の波のなかで、都市はコンクリートとアスファルトで固められ、自然は人間からかけ離れた存在となった。
現代人は、本来誰もが持っていたはずの「センス・オブ・ワンダー(THE SENSE OF WONDER)」を失いつつある。
都会住む多くの子どもたちは、朝日が昇る、あるいは夕陽が沈む瞬間を見たことがないという。
テレビ画面が巨大化し、どれほど精度が高まろうとも、本当の自然の美しさには代えられない。
「センス・オブ・ワンダー」を完全に失ってしまえば、人類は生物種として存続できなくなるかもしれない。
フランスの哲学者ポール・リクールは次のように語った。
「人の苦しみはそれを見た者に義務を負わせる」
残念ながら、欧米諸国の多くはこの義務を果たしてこなかった。
アフリカ中部ルワンダで起きた歴史的事実をもとに、欧米の掲げる「民主主義」や「人権」の欺瞞を告発したのがこの映画だ。
1994年ルワンダでは、ツチ族とフツ族が対立し、血で血を洗う武力衝突が勃発した。
フツ族の過激派は、ツチ族を皆殺しにせよとラジオ放送などを通じて民兵を煽り、女性や子どもを含めて無差別の殺戮を開始。
こうした暴力に反対するフツ族の穏健派を含めて、なんと120万人以上が虐殺された。
こうした極限的な状況の中、自らはフツ族で、ツチ族の妻をもつポール・ルセサバギナ(Paul Rusesabagina)は、苦悩しながらも英雄的な行動を貫く。
第81回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した映画『おくりびと』。
遅ればせながら観たが、「死と生」や家族の絆を時にシリアスに、時にコミカルに描いた秀作だ。
今さらありふれた映評を記しても意味がないので、映画で描かれた「納棺の儀」について私なりに考えたことを記そう。
主人公の本木雅弘がまるで「天職」であるかのようにはまりこんでいく納棺士の世界。
遺体に丁寧に化粧までしてあの世に送り出す儀式を残された家族の目の前で行う。
その一挙手一投足は、故人を想う家族の愛情、惜別の念を凝縮するかのように、極めて日本的な様式美で溢れている。
私はこの映画を観ながら、かつて御巣鷹山に墜落した日航ジャンボ機の遺体検視に当たった検視官の言葉を思い出した。
詳しい記憶は定かではないが、十年以上前にラジオ番組かなにかで聞いた覚えがある。
ひょっとすると『墜落遺体―御巣鷹山の日航機123便』の著者飯塚訓氏の話だったかもしれない。
カシミール地方は、インドとパキスタンが長年にわたって領有権を争っている紛争地域。
インド領であるジャンム・カシミール州にはインド政府が大規模な治安部隊(主に国境警備隊など)を派遣している。
治安部隊は、この地域に住むイスラム教徒の男性を連行し、多くの男性が行方不明だ。
残された妻たちは未亡人となることもできず、「ハーフ・ウイドー(半未亡人)」と呼ばれる。
この映画は、当時軍事独裁政権に抗し民主化を求めて立ち上がった民衆の戦いを、史実に基づいて描いている。
ゆえに冒頭、「この映画は全て真実です」とテロップが流れる。
彼が群馬県の地方新聞=上毛新聞記者時代に遭遇した、日本航空123便墜落事故をもとにしたフィクションだ。
人格障害に陥った指導者に導かれた国や組織が滅びていく様子は、多くの人にとって全くのヒトゴトではあるまい。
「鉄の女」サッチャーがイギリス経済再生のために大ナタを振るっていた1992年。
イングランド北部、ヨークシャー地方の炭坑の町には、100年の伝統を誇る吹奏楽団グリムリー・コリアリー・バンドがあった。
音楽好きの炭鉱夫たちが集うこのブラスバンドもまた、サッチャリズムの嵐から無縁ではなかった。
当時イギリスでは、140もの炭鉱で延べ25万人の労働者が失業に喘いだ。
産業革命時にイギリスの基幹産業だった炭鉱は、完全に斜陽化していたのだ。
久しぶりに見応えのあるアメリカ映画だ。
ストーリーはおくとして、クリント・イーストウッドが自ら俳優としては最後の作品と位置づけたこの映画。
現在のアメリカの苦悩と希望の両方を象徴している。
2002年9月11日に起きた9・11同時多発テロ。
テロの直後アメリカのマスコミは、テロリストとイスラム教徒は異なるから不当な差別をすべきではないと冷静な対応を呼びかけた。
しかしブッシュ大統領がアフガニスタンへの報復戦争に踏み切り、アメリカ国内では次第にイスラム系アメリカ人へのバッシングが高まっていった。
映画『Caught in Between ~故郷(くに)を失った人々』は、アメリカが対テロ戦争に突き進むなかで、イスラム系アメリカ人への差別や人権侵害が強まることに抵抗し、自由と人権を求め立ち上がった日系アメリカ人コミュニティーとイスラム系アメリカ人コミュニティーの交流を描いたドキュメンタリーだ。
2002年度にリリースされた山川元監督作品。
主演は役所広司だが、その内容ゆえに一般の映画館ではなかなか上映されなかった。
とはいえ内容はものすごく刺激的で、いたるところにブラックユーモアとアイロニーが込められている。
バブル崩壊直後の1993年に発表された映画だ。
日本全体が「失われた10年」の入口に立っていた。
そんな当時、社会を覆いつつあった不安や、そのなかで希望を失わずに生きようとする人々の熱い気持ちが素直に表現されている。
夜間中学の教師を天職と考える黒井役の西田敏行も、実にいい味。
生徒に本当の親のように全力で関わる姿は、あまりに出来すぎているとはいえ、やはり胸を打つものがある。
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1999年探検家の関野吉晴は、南米最南端から人類誕生の地アフリカを目指して自転車をこいでいた。
そのグレート・ジャーニーの途中に訪れたモンゴルで、関野は一人の少女と出会う。
見渡すばかりの草原を馬にまたがって駆け抜け、家畜を追う当時6歳の少女の名はプージェー。
モンゴル語で「木曜日に生まれた幸せな子」を意味する。
韓流『レオン』とも呼ぶべきこの映画。
ストーリーや映画の評価はともかく、私は自転車乗りにぜひこの映画を薦めたい。
舞台設定はオランダ。当然現地でのオールロケとなっている。
オランダと言えば、知る人ぞ知る自転車王国。
映画のあらゆる場面に自転車が登場する。
私は長らく左翼運動に関わっていた。
その限界を痛切に感じて以降、左翼のパラダイムと根本的に対峙することが問題意識の一つとなった。
この映画で描かれている連合赤軍と、私が参加していた組織のルーツはつながっていた。
だからと言うわけではないが、この映画で描かれている世界は、良い意味でも悪い意味でも本当に良く分る。
石原慎太郎が製作総指揮、脚本を手がけた映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』。
これを観て即座に思い出したのは、映画で描かれた知覧航空隊の特攻隊員として戦死した上原良司のことだ。
特攻隊員から母のように慕われた富屋食堂の鳥濱トメさんは、「たった一人だけ日本が負けると言った人がいました。上原大尉でした」と語っていた。
しかし映画では、「日本は負ける」と語ったのは別の隊員のように描かれている。
『あゝ祖国よ恋人よ』(上原良司 信濃毎日新聞社)を紐解けば、その理由がわかる。上原が残した日記と遺書の存在は、石原にとって余りに都合が悪かったからだ。
本当の豊かさとは何だろう?
2006年秋、岐阜県徳山ダムで試験湛水が始まった。総貯水量6億6千万立方メートルを有する日本最大のダムが誕生した。
ダムの湖面の下には、旧徳山村の8つの集落が眠っている。50年前にダム建設の話が持ち上がった時には、約1600人が住んでいた村だ。

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