Cinema
30年近く中国電力の上関原発計画に反対を続けている島がある。
瀬戸内の入口、山口県上関町の祝島だ。
この島を訪れても、主に釣り人向けの民宿が数軒あるだけ。
コンビニは勿論、自動販売機すらない。
でもこの島に降り立った瞬間、そこに流れる時間がとてもゆっくりしていることに気付く。
私が生まれた昭和30年代には、まだ日本のいたるところに流れていた時間だ。
そう、この島の最大の魅力は、このゆったりとした時間の流れにある。
訪れた人はそれを肌で感じることができるが、この映画はそれを見事に映し出した。
映画は、祝島に流れるゆったりとした、奥深い時間の流れを見事に表現することで、都会に生きる私たちが日々追いかけられている時間がどれほど窮屈で殺伐としたものか、あらためて気付かせてくれる。
波にただよう小さな船の上に座り、鯛の1本釣りをする正本英一さんは74歳。
釣れた魚に必ず「よく来なさった。ありがとう」と語りかける。
「50年以上漁をしても未だに微妙な潮の流れの変化は分からない。原発ができたら間違いなく海は死んでしまう」
その言葉は、どんな科学的データよりも説得力がある。
祖父が島の斜面に造った棚田を守り続ける平萬次さんは77歳。
子どもの時の手伝いを含めれば、その棚田で70年間米を作り続けている。
祖父の亀次郎さんは、高さ30メートルを超える城壁のような石を積み上げて棚田を造った。
斜面の上のほうにある岩を下に落としながら積み上げたとはいえ、すべて人力。
子どもたち、孫たちに美味しいお米を食べさせたいとの一心で、信じられないような日々の作業を何十年も積み重ねた成果だ。
その棚田で今も米を作り続ける萬次さんだが、祖父の亀次郎さんはこう語っていたそうだ。
「曾孫の時代になれば誰も引き継ぐ者はいなくなり、またこの棚田は原野に戻っていく。人間の営みとはそういうものだ」
子や孫のために血のにじむような苦労をして造った棚田も、百年もしないうちになくなる。
それでも、子や孫たちが美味しいお米を食べられればそれで十分だと。
読み書きができなかった亀次郎さんが作った歌を、棚田の巨大な石に刻む萬次さん。
今日もまた
つもりし雪を かきわけて
子孫のために ほるぞうれしき
正直、私はこの亀次郎さんの言葉に一番衝撃を受けた。
悠久の時の流れのなかで、自らの人間としての営みのちっぽけさをきちんと自覚し、決して奢らず、かといって諦めもせず、与えられた生を全うする。
そして子や孫に益はあっても、決して彼らの負担にはならないように、精一杯の努力をする。
これと対極にあるのが大量生産、大量消費、大量廃棄を前提とした原発建設だろう。
現在の欲望を満たすために、子どもたち、孫たちどころか、この先何万年も続く核のゴミを出す。
原発を一度造れば、ただの原野に戻ることはあり得ない。
にも関わらず中国電力は、祝島の人々の営みを、「一次産業だけで食べていくことが難しいのはみなさんもお分かりでしょう」と侮蔑し、わずか数十年(原発の寿命)の電力供給のために、何百年も続いてきた最も持続可能な人々の生活を踏みにじろうとしているのだ。
映画冒頭に流れるテロップは象徴的だ。
故高木仁三郎氏の著書『いま自然をどうみるか』よりこんな言葉が引用される。
人間は火を燃やす竈を精密に強大にし、また、術に長けはしたけれど、なお壮大な生物の文化には合流しえずにいる新参者なのかもしれない。
核の竈などという、自然界の文化とはなじまない、ある意味ではきわめて野蛮な文明を発達させたことなども、その現われといえるかもしれない。
人間は確かに頭脳も大きく理智にも長じ、言語機能に優れた生物ではあるけれども、いや、そうであるからこそ、その意識的な行為によって、今後は生物全体の創出する<文化>の世界へと合流していくべきなのだろう。
全国で上映が始まっている。
ぜひ多くの人に観てもらいたい映画だ。
『祝の島』公式ホームページ
http://www.hourinoshima.com/
皮肉なことに、戦争ほど人間の生を鮮明に浮かび上がらせるものはない。
この逆説的な世界を見事に描いたのが、このアニメである。
舞台は近未来。
人類は自らの存亡に関わる世界戦争を回避するために何を選択したのか?
人々は平和の尊さをすぐに忘れ、戦争の道に入り込んでしまう。
これを避けるには、いつも戦争を身近に感じる以外ない。
そこで国連から委託された擬似戦争を請け負う民間会社が、終わることのない擬似戦争を繰り広げることになる。
擬似戦争とは言え、実際に生死を賭けた戦いが大空で繰り広げられる。
それを担うのはキルドレと呼ばれる特殊な戦士。
遺伝子操作の末に生まれた「歳をとらない子ども」たちだ。
人々は毎日テレビで映し出される彼らの戦闘を目の当たりに、キルドレ達に同情しながらも、平和の大切さを噛み締める。
このシーン、実はリアルそのものだ。
私たち自身、イラクやアフガニスタンで繰り広げられる悲惨な戦闘のニュースを見ながら、「あんな国に生まれなくてよかった」「やっぱり平和憲法が大事だよね」と、同じように感じていないだろうか?
あるいはかつての戦争体験を聞いて、「二度と戦争を繰り返してはいけない」と感じるのは、心理的には同じ作用なのではないか?
だが、そうやって自己確認するしかない「平和」って何だ?
その「平和」のなかで、私たちは本当に生きていると言えるのか?
多分、監督の押井守が語った「若い人に、生きることの意味を伝えたい」との言葉の本当に意味はここにあるだろう。
キルドレたちに許された選択肢は、戦い続けること、そしていつかは撃墜され死ぬこと以外にはない。
そして死んだとしても・・・
でも彼らは必死に生きようとする。
ラストシーンに流れるテロップは実に意味が深い。
「いつも通る道だからって、景色は同じじゃない。それだけでは、いけないのか?」
私はこの映画を観ながら、ニーチェの「永劫回帰」をモチーフにしていると感じていたが、最後のシーンでこのテロップを読んで「やっぱり」と確信した。
キルドレたちの姿、そして彼らが飛び立っていく飛行場。
そこに特攻隊の姿を重ね合わせるのは私だけではあるまい。
特攻隊に命を捧げた若者たち。
その犠牲の上に成立した戦後日本。
溢れるモノと「平和」で単調な日々に埋没し、生きる意味を見出せない若者がいるとすれば、「いつも通る道だからって、景色は同じじゃない。それだけでは、いけないのか?」との問いかけは、決して「小さな満足でいいじゃないか」との慰めではない。
「生の意味」は誰からか与えられるものではなく、自らの意志で創造するものだという、ニーチェの「超人」こそがこの映画のメッセージなのである。
それが文字通りの意味で本当に可能かどうか、私には判らないが・・・
日本の冬季登山で最も厳しい山と言われる剣岳。
明治時代末期、日本で最初にこの山に登頂して測量することを目指した、当時の陸軍参謀本部陸地測量部(現在の国土地理院)の苦闘を描いた映画だ。
ストーリーの詳細はちょっと調べれば分かるので割愛するが、この映画の最大の「売り」は、CGに頼ることなく厳しくも美しい立山連峰の雄大な自然を映し出すことにあった。
確かにスクリーンに映し出される映像は美しい。
しかし、当たり前のことだが、実際の立山連峰や剣岳の雄大な自然を目の当たりにした者にとってはやはりそれだけでは物足りない。
吹雪のシーンなどもリアリティに欠けているし、ライバルの日本山岳会との関係もどこか話ができすぎていて感情移入できない。
面子ばかり重んじる当時の陸軍参謀本部の愚かさだけは伝わってきたが、映画としてはそれほど面白くはなかった。
というのも、実はこの物語を本当にドキュメントした記録映像を私は一度観ていたからである。
2004年夏、私はひと夏で2回剣岳に登頂した。
1回目は室堂から剣沢経由の往復。
2回目は馬場島から室堂へ抜けるコースで。
1回目の登山を終えた後、立山博物館に立ち寄った。
http://www.pref.toyama.jp/branches/3043/3043.htm
この博物館は、映画でも描かれていた立山信仰の歴史などを詳しく紹介していて大変面白いので、剣岳登頂のおりにはぜひ立ち寄るのがお奨め。
当時この博物館で展示されていたのが、まさに日本最初の剣岳測量に関する本物の資料であり、実際の登頂や測量の様子を写した白黒フィルムによる記録映像だった。
特にこの白黒フィルムの映像は私にとって衝撃的であった。
一言で言えばその映像には、現代人が完全に喪失してしまったとてつもない身体能力が見事に映し出されていたのである。
測量に関わった人々は何十キロもの木材を山に運び、現場でそれを加工し、見事な山小屋を作っていた。
どんな過酷な状況でも、生活に必要なものは何から何まで自力で賄える逞しさ、そしてそれを可能にする技術や身体的能力が備わっていたのである。
まさに文明により人間は進歩したのか、それとも退化したのか、その答えをはっきり突きつけられたような衝撃を受けたのだ。
映画『劔岳 点の記』でも、監督の木村大作は俳優やスタッフに対して、実際の剣岳登山と同じ厳しい境遇を当たり前のものとして撮影に参加するように要請したらしい。
とは言え、現代人たる彼らが示す身体性はとても脆弱で、あの白黒フィルムから感じた圧倒的な存在感はなかった。
それにしても、あの白黒フィルムは一体今どこにあるのだろう?
ぜひ多くの人が観るだけの価値はあると思うのだが・・・
一言では表現できない複雑な映画である。
想田監督はまさに、「観察映画」として精神病の患者さんたちの姿をストレートに撮っている。
モザイクは一切なし。
前作の『選挙』同様、ナレーションもテロップも音楽も一切ない。
しかし2時間15分はあっと言う間に過ぎ去る。
舞台となったのは岡山県のコラール診療所。
わずか月給10万円で患者を診る「現代の赤ひげ」山本医師は、精神病患者の主体性をとても大切にする。
そんな彼が精神障害者のケアを志す人たちに講演で語る。
「紙に四角を描き、その上に丸をバランス良く三つ描いてください。質問は一切せずにとにかく書いてみてください」
参加者が記した絵は人によって実に様々。
四角の上に丸を書く人もいれば、四角の中に書く人もいる。
丸の並べ方も横や縦、あるいは三角と多様だ。
ここで山本医師は語る。
「これが一方的コミュニケーションの限界です。とにかく本人に聞くのが一番大切だということです」
20歳で統合失調症となり、40年以上病気と向き合っている男性はこう語る。
「健常者にも完璧な人など一人もいない。みんなどこかおかしなところがある。私にはそれが良く分かる」
私の友人は舞台となったコラールで働いており、日常的に映画に登場した精神障害者と向き合い、この作品にも登場した。
その彼がこの映画に寄せた言葉は重い。
http://actio.gr.jp/2009/04/09134859.html
私にとってこの作品の主人公は、医療者でも介護者でもなく、次々と登場する精神障害者たち一人一人である。
カメラを通じて、文字通り全世界に自らをさらけ出した彼らの勇気が、果たして彼らのこれからの人生にとって吉と出るのか凶と出るのか? それは分からない。
この映画を多くの人が観ることで、精神障害者たちの置かれている状況が少しでも改善するきっかけとなるのか? それも全くわからない。
ただ彼らは、自らが生きてきた証を、堂々とフィルムに残した。その行為の尊さが全編を通じて私の心を揺さぶり続けた。
だがこの作品は、そんな安易な共感をも排除する。
この映画に登場する精神障害者のうちの3名は、完成した作品を観ることもなく、自ら命を絶つなどで亡くなっている。観るものはその事実を作品の終了時に知らされることとなる。
重い現実が再び観る者を突き放す。「こんな映画くらいで、簡単に分かったような顔をするなよ」。「あの世」からの声が聴こえるようだった。
まずはこのドキュメンタリーを観てみることだ。
想田監督は自らこの作品を「観察映画」と呼ぶ。
2時間に及ぶ作品中には、ナレーションもテロップも音楽も一切なし。
ただひたすら、主人公である「山さん」こと山内和彦氏の選挙運動を撮り続ける。
小泉自民党が圧勝した2005年9月の郵政選挙。
山さんはその直後に行われた川崎市市議会補欠選挙で、自民党の公募候補となる。
政治の素人、選挙区には何の足がかりもない落下傘候補だが、地元の自民党組織は市議会での多数派を維持する党利党略のために全面的にバックアップ。
こうした特殊な選挙を撮り続けたがゆえに、集票マシーンとしての自民党組織の実態が見事にあぶり出されていく。
山さんは運動会や老人体育大会、あるいは神社のお祭りなど、あらゆる行事に顔を出して名前を売り込む。
彼の掲げる政策や能力などまったく関係なし。
ただただ、地元選出の国会議員や県会議員、あるいは市議会議員のお墨付きがあればいいのだ。
まさに徹頭徹尾のドブ板選挙。
しかしこれこそ、世界有数の経済大国でながらく政権の座についていた自民党を支え続けたものなのである。
この映画は欧米で大きな話題を呼んだが、多くの欧米人にとっては、白い手袋とたすき姿で選挙カーに乗り、あるいは駅頭に立って名前を連呼するこんな選挙スタイルは相当なカルチャーショックだったはずだ。
ただ想田監督はこんな風にコメントしてもいる。
http://actio.gr.jp/2007/07/21060505.html
ただし、そんな山さんをあざ笑う感じではありませんでした。一旦は笑うけれども、「自分達の民主主義の程度はどれほど日本と違うのだ」と内省的に振りかえる論調もありました。
ですから、「私たちは民主主義のありがたさや価値を忘れがちだが、改めてそれを思い起こさせる映画だ」との評価も受けました。皮肉もあるでしょうが、「人の振り観て我が振り直せ」といったニュアンスが込められています。
さて、問題は当の日本人自らがこの映画を観てどう思うかだろう。
民主主義とは何か、選挙とは何か、ぜひそれぞれの立場で考え直すいい機会となる素晴らしいドキュメンタリーである。
ナレーション、テロップ、音楽などの余分な要素が一切無くても、2時間まったく退屈しなかった。
映画『アバター』は近年にない名作である。
ジェームス・キャメロン監督の代表的な作品、『ターミネーター2』や『タイタニック』のメインテーマはヒューマニズムであったが、明かに彼の目線は変わった。
まさに人類が地球的規模の環境破壊に直面しているなかで、それを生み出してきた近代文明を捉え返し、持続可能性を探求する野心的な作品となっている。
そのテーマを興行的にも成功させてしまうところがまさに天才の面目躍如。
ところが近代や物質文明そのものを根本的に捉え返すことのできないアメリカでは、トンチンカンな批判が巻き起こった。
今年1月31日付読売朝刊は、「アバターは反米」とアメリカ国内で保守派が批判していると報じた。
こうした保守派の批判に対しキャメロン監督は、「この映画は我々を反映してる。兵士は不当に戦場に送られている」と語っている。
つまり、映画で惑星パンドラの希少鉱物を略奪するために海兵隊が送り込まれたのと同様、イラクやアフガニスタンに石油利権のために海兵隊の若者たちが送り込まれていると批判しているわけだ。
そして忘れてはならないことは、まさに『アバター』で描かれたナヴィ(=ネィティブ)への侵略・略奪は、コロンブスによる新大陸発見以降、西洋近代が世界中で行ってきた歴史的事実そのものであることだ。
まさにラス・カサス『インディアスの破壊についての簡潔な報告』以来、500年以上続く先住民への暴虐。
この略奪は現在進行形でもある。
以下のサイトで告発されている現実は、その氷山の一角でしかない。
企業の搾取と戦う先住民族。
http://www.realiser.org/report/lifestyle/article/index.php?id=244
アメリカ先住民ナバホ族居留地にあった1000を超えるウラン鉱山では、素手でウラン鉱石を積んでいたナバホの労働者達のほとんどが放射線の被曝障害を患い、これに抗議して立ち上がっている。
http://eeg.jp/EpN4
映画『アバター』では、人類は地球のエネルギー問題の解決の鍵となる希少鉱物アンオブタニウム鉱床を確保するために躍起となる。
これを得るために海兵隊は、ホームツリーもろとも先住民ナヴィを殺戮しようとするが、まったく同じ矛盾が実はこの地球上でも起きているのだ。
映画では、シガニー・ウィーバー演じる植物学者が、惑星パンドラの植物が人間の脳以上の神経ネットワークを持っているとその保護を訴える。
しかし開発会社の担当者には、自然は単なる収奪の対象でしかないから、「なんか薬でもやったのか?」とまったく取り合わない。
山口県上関町に計画されている原発に対し、多くの生物学者が瀬戸内の貴重な生態系を破壊すると、計画見直しを提言していることに、中国電力がまったく耳をかさないのと同じだ。
キャメロン監督がこうしたあらゆる文脈を踏まえて『アバター』を製作したことは間違いない。
基本モチーフは完全に『風の谷にナウシカ』、そして『もののけ姫』のパクリなのも偶然ではない。
宮崎アニメもまた、近代そのものへの鋭い問いかけを発し続けてきたからだ。
最後に私は、この映画が心身論的にも実に興味深い内容を描いていると強調したい。
主人公の元海兵隊員ジェイクは、下半身不随の身。
しかしアバターという新しい肉体を得、それを通じて豊かな自然のなかで生きる喜びを体感する。
動物や植物、仲間たちとの触れ合いと交感により、ジェイクはスピリチュアルな感覚を研ぎ澄ましていく。
この映画の最大の魅力は、その躍動感を見事に描き出していることだろう。
対する海兵隊は、まさに近代的な装甲に身を包み、自然と遮断されている。
自然への畏敬の念を忘れ、ただ合理性や経済性だけを追求する人類。
身体性やスピリチュアルな感性を喪失した文明がどれほど醜く愚かなのか。
すべての人にその捉え返しを迫る映画である。
この映画が公開されたのは1995年3月。
その2ヶ月前、まさにこの映画のヒロインが住む神戸(実際のロケはすべて小樽で行われた)を、阪神・淡路大震災が襲った。
亡くなった愛する者への切ない想い、残された者の心の傷の癒しと魂の再生を描いたこの映画は、期せずして阪神大震災の被災者へのレクイエムとしてつくられたかのように独特の雰囲気をかもしだしている。
監督は本作により一躍有名となった岩井俊二。
得てして天才型の才能は、その処女作が飛びぬけているものだが、多分彼の場合もそうだろう。
一人二役を見事に演じたのは中山美穂。
恥ずかしながらただのアイドルだと思っていた私は、この映画で彼女の演技力に感嘆した。
そして何より、全編を流れるサントラが素晴らしい。
冒頭の雪のシーン、そしてヒロインが「お元気ですか?」と、恋人が遭難した山に向かって叫ぶシーン。
この映画の重要なシーンのバックはすべて雪景色。
真っ白な雪景色に見事にマッチする透明なサウンドは、一度聞いたら忘れられない響きを持っている。
雪景色だけでなく、この映画を貫いているのは「透明感」である。
それは、亡き恋人の中学生時代の想い出を辿るシーンにもすべて共通している。
その「透明感」は、大人になり年を重ねる毎に失っていくものだろう。
誰もが青春時代に持っていた、世界に対する透明な感性、それをこの映画は見事に描き出している。
だから観るものはみな、どこか甘酸っぱい、そして過ぎ去った青春を眩しいように振り返る気持ちにさせられる。
この映画は、青春時代真っ盛りに観ても、その本当の価値は分からないだろう。
中年から壮年、そして老人にこそ、ぜひ観てもらいたい映画だ。
この映画は、ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンの演技力がすべてだ。
ストーリーはある意味、ありふれている。
人生の終盤で癌を宣告された二人の男性。
方や町の修理工場で家族のためにひたすら働いてきた黒人男性。
方や叩き上げから一代で10億ドルを稼いだ「勝ち組」白人男性。
その二人が癌の告知を受けてたまたま同じ病室に入院する。
奇妙な縁から始まった二人にはいつしか友情が芽生え、人生の最後に目一杯やりたい事をして一緒に過ごすことに。
しかし、どんなんにお金をかけてやりたい事をしても、どうしても埋められないものがあった。
結局二人の最後の旅は、自分だけの欲求の充足、あるいはお金や地位では絶対に埋められない何かにあらためて気付かせる旅となる。
至極ありふれたストーリーである。
下手な俳優が演じたら、何のこともない三流映画だろう。
しかし、ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンの存在感は圧倒的だ。
ハリウッドで成功した彼ら自身が、まさに人生の終盤で同じ問題意識をもっているからなのか、その演技は重い。
1962年、まさに経済成長真っ盛りのアメリカで『沈黙の春』を著し、農薬や化学物質による環境汚染にいち早く警鐘を鳴らしたレイチェル・カーソン。
「沈黙の春」とは、環境汚染により昆虫や魚が死滅し、春になっても鳥たちが鳴かない「死の世界」が訪れることを示唆している。
『沈黙の春』は当時大きな論議を巻き起こした。
農薬や化学物質の有害性を訴えたレイチェルに対し、産業界を中心に猛烈な誹謗・中傷が浴びせられた。
しかし彼女はそれに屈することなく危機を訴え続け、農薬の使用制限など様々な環境関連法の成立を促した。
映画 『センス・オブ・ワンダー』の原作は、彼女が『沈黙の春』を著す前にアメリカの若い母親のための雑誌に執筆したエッセイである。
彼女の死後、友人たちの手で『センス・オブ・ワンダー(THE SENSE OF WONDER)』と題して出版された。
レイチェルは、姪の息子ロジャーと一緒に自然の中に出かけ、「センス・オブ・ワンダー(=神秘さや不思議さに目を見張る感性)」を育むことの大切さを教えた。
映画では、アメリカ・メイン州に現存するカーソンの別荘周辺の森や海辺の美しい四季を描きながら、レイチェルやロジャーが感じたであろう自然の神秘、そこでの驚きや感動を再現している。
http://www.g-gendai.co.jp/movie/~senseofwonder/index2.html
近代化の波のなかで、都市はコンクリートとアスファルトで固められ、自然は人間からかけ離れた存在となった。
現代人は、本来誰もが持っていたはずの「センス・オブ・ワンダー(THE SENSE OF WONDER)」を失いつつある。
都会住む多くの子どもたちは、朝日が昇る、あるいは夕陽が沈む瞬間を見たことがないという。
テレビ画面が巨大化し、どれほど精度が高まろうとも、本当の自然の美しさには代えられない。
「センス・オブ・ワンダー」を完全に失ってしまえば、人類は生物種として存続できなくなるかもしれない。
フランスの哲学者ポール・リクールは次のように語った。
「人の苦しみはそれを見た者に義務を負わせる」
残念ながら、欧米諸国の多くはこの義務を果たしてこなかった。
アフリカ中部ルワンダで起きた歴史的事実をもとに、欧米の掲げる「民主主義」や「人権」の欺瞞を告発したのがこの映画だ。
1994年ルワンダでは、ツチ族とフツ族が対立し、血で血を洗う武力衝突が勃発した。
フツ族の過激派は、ツチ族を皆殺しにせよとラジオ放送などを通じて民兵を煽り、女性や子どもを含めて無差別の殺戮を開始。
こうした暴力に反対するフツ族の穏健派を含めて、なんと120万人以上が虐殺された。
こうした極限的な状況の中、自らはフツ族で、ツチ族の妻をもつポール・ルセサバギナ(Paul Rusesabagina)は、苦悩しながらも英雄的な行動を貫く。
第81回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した映画『おくりびと』。
遅ればせながら観たが、「死と生」や家族の絆を時にシリアスに、時にコミカルに描いた秀作だ。
今さらありふれた映評を記しても意味がないので、映画で描かれた「納棺の儀」について私なりに考えたことを記そう。
主人公の本木雅弘がまるで「天職」であるかのようにはまりこんでいく納棺士の世界。
遺体に丁寧に化粧までしてあの世に送り出す儀式を残された家族の目の前で行う。
その一挙手一投足は、故人を想う家族の愛情、惜別の念を凝縮するかのように、極めて日本的な様式美で溢れている。
私はこの映画を観ながら、かつて御巣鷹山に墜落した日航ジャンボ機の遺体検視に当たった検視官の言葉を思い出した。
詳しい記憶は定かではないが、十年以上前にラジオ番組かなにかで聞いた覚えがある。
ひょっとすると『墜落遺体―御巣鷹山の日航機123便』の著者飯塚訓氏の話だったかもしれない。
カシミール地方は、インドとパキスタンが長年にわたって領有権を争っている紛争地域。
インド領であるジャンム・カシミール州にはインド政府が大規模な治安部隊(主に国境警備隊など)を派遣している。
治安部隊は、この地域に住むイスラム教徒の男性を連行し、多くの男性が行方不明だ。
残された妻たちは未亡人となることもできず、「ハーフ・ウイドー(半未亡人)」と呼ばれる。
この映画は、当時軍事独裁政権に抗し民主化を求めて立ち上がった民衆の戦いを、史実に基づいて描いている。
ゆえに冒頭、「この映画は全て真実です」とテロップが流れる。
彼が群馬県の地方新聞=上毛新聞記者時代に遭遇した、日本航空123便墜落事故をもとにしたフィクションだ。
人格障害に陥った指導者に導かれた国や組織が滅びていく様子は、多くの人にとって全くのヒトゴトではあるまい。
「鉄の女」サッチャーがイギリス経済再生のために大ナタを振るっていた1992年。
イングランド北部、ヨークシャー地方の炭坑の町には、100年の伝統を誇る吹奏楽団グリムリー・コリアリー・バンドがあった。
音楽好きの炭鉱夫たちが集うこのブラスバンドもまた、サッチャリズムの嵐から無縁ではなかった。
当時イギリスでは、140もの炭鉱で延べ25万人の労働者が失業に喘いだ。
産業革命時にイギリスの基幹産業だった炭鉱は、完全に斜陽化していたのだ。
久しぶりに見応えのあるアメリカ映画だ。
ストーリーはおくとして、クリント・イーストウッドが自ら俳優としては最後の作品と位置づけたこの映画。
現在のアメリカの苦悩と希望の両方を象徴している。
2002年9月11日に起きた9・11同時多発テロ。
テロの直後アメリカのマスコミは、テロリストとイスラム教徒は異なるから不当な差別をすべきではないと冷静な対応を呼びかけた。
しかしブッシュ大統領がアフガニスタンへの報復戦争に踏み切り、アメリカ国内では次第にイスラム系アメリカ人へのバッシングが高まっていった。
映画『Caught in Between ~故郷(くに)を失った人々』は、アメリカが対テロ戦争に突き進むなかで、イスラム系アメリカ人への差別や人権侵害が強まることに抵抗し、自由と人権を求め立ち上がった日系アメリカ人コミュニティーとイスラム系アメリカ人コミュニティーの交流を描いたドキュメンタリーだ。
2002年度にリリースされた山川元監督作品。
主演は役所広司だが、その内容ゆえに一般の映画館ではなかなか上映されなかった。
とはいえ内容はものすごく刺激的で、いたるところにブラックユーモアとアイロニーが込められている。
バブル崩壊直後の1993年に発表された映画だ。
日本全体が「失われた10年」の入口に立っていた。
そんな当時、社会を覆いつつあった不安や、そのなかで希望を失わずに生きようとする人々の熱い気持ちが素直に表現されている。
夜間中学の教師を天職と考える黒井役の西田敏行も、実にいい味。
生徒に本当の親のように全力で関わる姿は、あまりに出来すぎているとはいえ、やはり胸を打つものがある。
続きを読む: 山田洋次監督『学校』 本当に学ぶべきは「幸せ」の探しかた
1999年探検家の関野吉晴は、南米最南端から人類誕生の地アフリカを目指して自転車をこいでいた。
そのグレート・ジャーニーの途中に訪れたモンゴルで、関野は一人の少女と出会う。
見渡すばかりの草原を馬にまたがって駆け抜け、家畜を追う当時6歳の少女の名はプージェー。
モンゴル語で「木曜日に生まれた幸せな子」を意味する。
韓流『レオン』とも呼ぶべきこの映画。
ストーリーや映画の評価はともかく、私は自転車乗りにぜひこの映画を薦めたい。
舞台設定はオランダ。当然現地でのオールロケとなっている。
オランダと言えば、知る人ぞ知る自転車王国。
映画のあらゆる場面に自転車が登場する。
私は長らく左翼運動に関わっていた。
その限界を痛切に感じて以降、左翼のパラダイムと根本的に対峙することが問題意識の一つとなった。
この映画で描かれている連合赤軍と、私が参加していた組織のルーツはつながっていた。
だからと言うわけではないが、この映画で描かれている世界は、良い意味でも悪い意味でも本当に良く分る。
石原慎太郎が製作総指揮、脚本を手がけた映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』。
これを観て即座に思い出したのは、映画で描かれた知覧航空隊の特攻隊員として戦死した上原良司のことだ。
特攻隊員から母のように慕われた富屋食堂の鳥濱トメさんは、「たった一人だけ日本が負けると言った人がいました。上原大尉でした」と語っていた。
しかし映画では、「日本は負ける」と語ったのは別の隊員のように描かれている。
『あゝ祖国よ恋人よ』(上原良司 信濃毎日新聞社)を紐解けば、その理由がわかる。上原が残した日記と遺書の存在は、石原にとって余りに都合が悪かったからだ。
本当の豊かさとは何だろう?
2006年秋、岐阜県徳山ダムで試験湛水が始まった。総貯水量6億6千万立方メートルを有する日本最大のダムが誕生した。
ダムの湖面の下には、旧徳山村の8つの集落が眠っている。50年前にダム建設の話が持ち上がった時には、約1600人が住んでいた村だ。

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