Review
地球環境問題を包括的に指摘したバイブルとも言える書『成長の限界』。
1971年ローマクラブは「人類の危機」レポートと題してこれを発表した。
アメリカ・マサチューセッツ工科大学(MIT)のデニス・メドウズ博士を中心とした研究チームが、コンピュータ・シミュレーションで弾き出した結論は衝撃的だった。
人口増大や経済成長を意識的にコントロールして急速にペースダウンしない限り、21世紀の半ば近くに人類は深刻なカタストロフィに直面する。
世界人口は半減し、工業はストップする。
技術開発や新たな資源・エネルギーの発見によってこの危機を回避することはできない。
地球環境は有限であり、自然の再生能力には限界があるという当たり前の事実は決して動かすことはできないと指摘したのだ。
「われわれは、地球という天体のもつ物理的制約に関する現在の知識にもとづき、成長の局面が今後100年続くことはできまいと考えている。
くり返すが、システム固有の遅れのため、もしも世界社会が、この制約がまちがいなく明らかになるまで待つとしたら、手遅れとなる」
「これらの問題を解決するためになんの行動もとらないということは、強烈な行動をとることに等しい」
警告にも関わらず、このレポートから40年近く経過した今日においても、未だ人類は意識的に経済成長をコントロールすることができない。
例えば世界中の人が日本人と同じ生活をするには、地球は2・3個必要だと明らかになっている。
今や『成長の限界』が指摘したカタストロフィの時期は、目前に迫っている。
どうすればいいのか?
先日来日したデニス博士は、あらためて以下のように訴えた。
「『成長の限界』では、早く行動するほうが危機回避のためのコストははるかに安くなると指摘したが、残念ながらこの40年間で工業生産は倍になった」
「これからの20年で人類が経験することは過去200年に経験した変化よりもはるかに大きい」
「これまでと同じフレームで考えても答えは出てこない。
オイルピークは恐らく2006年に既に迎えている。
戦後60年余りの間に、人類が何千年の長い歴史を通じて使用してきた石油総量のうち、90%を消費した」「汚染、地下水の枯渇、土壌の劣化、貧富の格差などの問題は、これまでと同じフレームでは解決不能」
『成長の限界』では、埋蔵資源量を予測よりはるかに大きく見積もったり、省エネや汚染除去の技術開発を想定以上に設定したりと、様々なパターンのシミュレーションを行ったが、どのパターンでもネックとなるのが汚染の問題であった。
つまり、地球環境の再生能力を上回る経済成長を続けることは不可能なのである。
ところがやっかいなのは、こうした将来の危機に対して、とりわけ幾何級数的に変化して迫りくる危機に対し、人間の認識能力は実に貧弱なことだ。
人間は幾何級数的変化を理解できない例として、彼はこんな質問を投げかけた。
「1枚の紙を50回折るとその厚みはどのぐらいになると思いますか?」
私を含めて「う~ん、1メートルぐらいかな」と予想する人は多いと思うが、答えはなんと地球と太陽の距離。
『成長の限界』でもフランスの子ども向けなぞなぞを紹介していた。
「あなたが池をもっていて、その中で水蓮を育てているとする。その水蓮は、毎日2倍の大きさになる。
もしその水蓮がとどめられることもなく成長するならば、30日でその池を完全におおい尽くして、水の中の他の生物を窒息させてしまいそうだ。
しかし、長い間、水蓮はほんの小さなものだと思っていたので、それが池の半分をおおうまで、それを刈ることにわずらわされまいと心に決めていたとする。
いつその日が来るだろうか。答えはもちろん、29日目である。あなたは、あなたの池を救うのに1日しか残されていないのだ」
まさに幾何級数的な変化は、気付いた時にはもう手遅れなのである。
長期的な視点に立った対応しか、これに対処することはできない。
デニス博士は続けた。
「時間軸を長期的に設定しないと気候変動に対応できない。
政治家が次の選挙までしか考えないのでは無理」「今行動し投資をしてもすぐに結果が出てくるものではない。成果が出るまで我慢することが必要」
「40年前のシナリオでは2010年から2050年までに大きな問題が生じるケースが示された。
これを持続可能なシナリオに変えるには、技術革新だけでは不可能」「日本の江戸時代は持続可能な社会だったが、もちろんその時代に戻ることはできない。
しかし習慣を変えることは可能。簡単ではないし、最初は居心地が悪い。
まずはアクションを起こすこと。試行錯誤でいい」「情報を示す的確な指標を提示することはとても大切。
例えばGDPの何%がエネルギーに費やされているのかなど」「GDPで幸福を計ることは止めたほうがいい。
日本は人口減少を嘆くのではなく新しいチャレンジが可能」「人と人とのコミュニケーションの核心は行動を変えること。人から聞いたことはすぐに忘れる」
結局は一人一人がどう行動するかがカギなのだ。
ところで、メドウズ博士の講演にはスーツ姿のたくさんのビジネスマンも参加し、会場も東京都心のビルのなかだった。
企業活動にとって環境問題が無視できないレベルに達していることを伺わせた光景だ。
しかし私には、メドウズ氏の講演内容とこの会場の雰囲気がどうにもミスマッチだった。
本当に人が変わるコミュニケーションを目指すのなら、かけがえのない自然を身体で実感できるような素晴らしい里山とかで、スーツを脱いで膝を交えて議論するほうがいい。
その意味で私は、『スモール イズ ビューティフル』においてシューマッハーが述べた、『成長の限界』の合理主義的アプローチではカバーしきれないもっとも核心的な指摘を、常に忘れずにおきたいと考えている。
「生き残りが問題であるならば、あらゆる自然資源のなかで最も貴重なもの、つまり人間の頭脳の維持とさらには発達について議論がおこなわれると期待してよいであろう。
ところが、その期待は裏切られている。『生き残りのための力』はあらゆる自然資源―金属、エネルギー、水、野生動物等々―を論じているが、創意、知性や知力のような、非物質的な資源はまったく扱っていないのである」
2年ちょっと使った携帯の調子がおかしくなり、ドコモショップへ。
通話やメールには問題ないが、オサイフケータイが使えなくなるトラブル。
私は水没や盗難などのトラブルの際、大至急で同型の新品が提供されるケータイ補償お届けサービスに加入していた。
月々300円でいざという場合に、4000円ほどの自己負担で素早く新品が提供されるわけだから、かなりお安いし安心だ。
ただ、現行機種は既に2年以上使用しているし、その後スマートフォンが注目を浴びているなか、いっそ新規購入に切り替えようかとちょっと迷った。
そんな気持ちを察してか、ドコモショップのお姉さんが「もし同型機が在庫切れの場合には、後継のより新しい機種に変更できる可能性がありますよ」とアドバイスしてくれた。
そこで試しに補償サービスを申請。
すると嬉しいことに、これまで使用していたSH906iは在庫切れ。
昨年夏に出た後継機種SH-06Aに変更できることになった。
そして翌日、新機種が届いた。
スマートフォンと比較すれば物足りないだろうが、タッチスクリーンの稼動も問題なし。
十分に満足できる性能だ。
世間で話題のiphoneには大変興味があるのだが、やはりdocomoを変える気はしない。
なんといってても通信エリアが広い。
自転車ツーリングや登山の際、ブログやTwitterに写真投稿するにはやはりdocomoだろう。
さらに評判の悪いガラケーについても、私は高く評価している。
いつでも自由にチャージできるオサイフケータイは電車やバスの利用では本当に便利だし、緊急地震速報は生命に関わる機能を果たしてくれるかもしれない。
また、手持ちのBluetoothキーボードCPKB/BTを利用できることも必須だ。
そしてワンセグ。普段はまず見ないが、これは災害時にものすごく役立つと思う。
言うまでもなく、地震などの災害時には携帯や固定電話の回線はパンク状態になるだろう。
普段はほとんど見ないテレビも、この時ばかりは情報源として役立つ可能性がある。
というわけで、またしばらくはガラケーのお世話になる。
30年近く中国電力の上関原発計画に反対を続けている島がある。
瀬戸内の入口、山口県上関町の祝島だ。
この島を訪れても、主に釣り人向けの民宿が数軒あるだけ。
コンビニは勿論、自動販売機すらない。
でもこの島に降り立った瞬間、そこに流れる時間がとてもゆっくりしていることに気付く。
私が生まれた昭和30年代には、まだ日本のいたるところに流れていた時間だ。
そう、この島の最大の魅力は、このゆったりとした時間の流れにある。
訪れた人はそれを肌で感じることができるが、この映画はそれを見事に映し出した。
映画は、祝島に流れるゆったりとした、奥深い時間の流れを見事に表現することで、都会に生きる私たちが日々追いかけられている時間がどれほど窮屈で殺伐としたものか、あらためて気付かせてくれる。
波にただよう小さな船の上に座り、鯛の1本釣りをする正本英一さんは74歳。
釣れた魚に必ず「よく来なさった。ありがとう」と語りかける。
「50年以上漁をしても未だに微妙な潮の流れの変化は分からない。原発ができたら間違いなく海は死んでしまう」
その言葉は、どんな科学的データよりも説得力がある。
祖父が島の斜面に造った棚田を守り続ける平萬次さんは77歳。
子どもの時の手伝いを含めれば、その棚田で70年間米を作り続けている。
祖父の亀次郎さんは、高さ30メートルを超える城壁のような石を積み上げて棚田を造った。
斜面の上のほうにある岩を下に落としながら積み上げたとはいえ、すべて人力。
子どもたち、孫たちに美味しいお米を食べさせたいとの一心で、信じられないような日々の作業を何十年も積み重ねた成果だ。
その棚田で今も米を作り続ける萬次さんだが、祖父の亀次郎さんはこう語っていたそうだ。
「曾孫の時代になれば誰も引き継ぐ者はいなくなり、またこの棚田は原野に戻っていく。人間の営みとはそういうものだ」
子や孫のために血のにじむような苦労をして造った棚田も、百年もしないうちになくなる。
それでも、子や孫たちが美味しいお米を食べられればそれで十分だと。
読み書きができなかった亀次郎さんが作った歌を、棚田の巨大な石に刻む萬次さん。
今日もまた
つもりし雪を かきわけて
子孫のために ほるぞうれしき
正直、私はこの亀次郎さんの言葉に一番衝撃を受けた。
悠久の時の流れのなかで、自らの人間としての営みのちっぽけさをきちんと自覚し、決して奢らず、かといって諦めもせず、与えられた生を全うする。
そして子や孫に益はあっても、決して彼らの負担にはならないように、精一杯の努力をする。
これと対極にあるのが大量生産、大量消費、大量廃棄を前提とした原発建設だろう。
現在の欲望を満たすために、子どもたち、孫たちどころか、この先何万年も続く核のゴミを出す。
原発を一度造れば、ただの原野に戻ることはあり得ない。
にも関わらず中国電力は、祝島の人々の営みを、「一次産業だけで食べていくことが難しいのはみなさんもお分かりでしょう」と侮蔑し、わずか数十年(原発の寿命)の電力供給のために、何百年も続いてきた最も持続可能な人々の生活を踏みにじろうとしているのだ。
映画冒頭に流れるテロップは象徴的だ。
故高木仁三郎氏の著書『いま自然をどうみるか』よりこんな言葉が引用される。
人間は火を燃やす竈を精密に強大にし、また、術に長けはしたけれど、なお壮大な生物の文化には合流しえずにいる新参者なのかもしれない。
核の竈などという、自然界の文化とはなじまない、ある意味ではきわめて野蛮な文明を発達させたことなども、その現われといえるかもしれない。
人間は確かに頭脳も大きく理智にも長じ、言語機能に優れた生物ではあるけれども、いや、そうであるからこそ、その意識的な行為によって、今後は生物全体の創出する<文化>の世界へと合流していくべきなのだろう。
全国で上映が始まっている。
ぜひ多くの人に観てもらいたい映画だ。
『祝の島』公式ホームページ
http://www.hourinoshima.com/
皮肉なことに、戦争ほど人間の生を鮮明に浮かび上がらせるものはない。
この逆説的な世界を見事に描いたのが、このアニメである。
舞台は近未来。
人類は自らの存亡に関わる世界戦争を回避するために何を選択したのか?
人々は平和の尊さをすぐに忘れ、戦争の道に入り込んでしまう。
これを避けるには、いつも戦争を身近に感じる以外ない。
そこで国連から委託された擬似戦争を請け負う民間会社が、終わることのない擬似戦争を繰り広げることになる。
擬似戦争とは言え、実際に生死を賭けた戦いが大空で繰り広げられる。
それを担うのはキルドレと呼ばれる特殊な戦士。
遺伝子操作の末に生まれた「歳をとらない子ども」たちだ。
人々は毎日テレビで映し出される彼らの戦闘を目の当たりに、キルドレ達に同情しながらも、平和の大切さを噛み締める。
このシーン、実はリアルそのものだ。
私たち自身、イラクやアフガニスタンで繰り広げられる悲惨な戦闘のニュースを見ながら、「あんな国に生まれなくてよかった」「やっぱり平和憲法が大事だよね」と、同じように感じていないだろうか?
あるいはかつての戦争体験を聞いて、「二度と戦争を繰り返してはいけない」と感じるのは、心理的には同じ作用なのではないか?
だが、そうやって自己確認するしかない「平和」って何だ?
その「平和」のなかで、私たちは本当に生きていると言えるのか?
多分、監督の押井守が語った「若い人に、生きることの意味を伝えたい」との言葉の本当に意味はここにあるだろう。
キルドレたちに許された選択肢は、戦い続けること、そしていつかは撃墜され死ぬこと以外にはない。
そして死んだとしても・・・
でも彼らは必死に生きようとする。
ラストシーンに流れるテロップは実に意味が深い。
「いつも通る道だからって、景色は同じじゃない。それだけでは、いけないのか?」
私はこの映画を観ながら、ニーチェの「永劫回帰」をモチーフにしていると感じていたが、最後のシーンでこのテロップを読んで「やっぱり」と確信した。
キルドレたちの姿、そして彼らが飛び立っていく飛行場。
そこに特攻隊の姿を重ね合わせるのは私だけではあるまい。
特攻隊に命を捧げた若者たち。
その犠牲の上に成立した戦後日本。
溢れるモノと「平和」で単調な日々に埋没し、生きる意味を見出せない若者がいるとすれば、「いつも通る道だからって、景色は同じじゃない。それだけでは、いけないのか?」との問いかけは、決して「小さな満足でいいじゃないか」との慰めではない。
「生の意味」は誰からか与えられるものではなく、自らの意志で創造するものだという、ニーチェの「超人」こそがこの映画のメッセージなのである。
それが文字通りの意味で本当に可能かどうか、私には判らないが・・・
日本の冬季登山で最も厳しい山と言われる剣岳。
明治時代末期、日本で最初にこの山に登頂して測量することを目指した、当時の陸軍参謀本部陸地測量部(現在の国土地理院)の苦闘を描いた映画だ。
ストーリーの詳細はちょっと調べれば分かるので割愛するが、この映画の最大の「売り」は、CGに頼ることなく厳しくも美しい立山連峰の雄大な自然を映し出すことにあった。
確かにスクリーンに映し出される映像は美しい。
しかし、当たり前のことだが、実際の立山連峰や剣岳の雄大な自然を目の当たりにした者にとってはやはりそれだけでは物足りない。
吹雪のシーンなどもリアリティに欠けているし、ライバルの日本山岳会との関係もどこか話ができすぎていて感情移入できない。
面子ばかり重んじる当時の陸軍参謀本部の愚かさだけは伝わってきたが、映画としてはそれほど面白くはなかった。
というのも、実はこの物語を本当にドキュメントした記録映像を私は一度観ていたからである。
2004年夏、私はひと夏で2回剣岳に登頂した。
1回目は室堂から剣沢経由の往復。
2回目は馬場島から室堂へ抜けるコースで。
1回目の登山を終えた後、立山博物館に立ち寄った。
http://www.pref.toyama.jp/branches/3043/3043.htm
この博物館は、映画でも描かれていた立山信仰の歴史などを詳しく紹介していて大変面白いので、剣岳登頂のおりにはぜひ立ち寄るのがお奨め。
当時この博物館で展示されていたのが、まさに日本最初の剣岳測量に関する本物の資料であり、実際の登頂や測量の様子を写した白黒フィルムによる記録映像だった。
特にこの白黒フィルムの映像は私にとって衝撃的であった。
一言で言えばその映像には、現代人が完全に喪失してしまったとてつもない身体能力が見事に映し出されていたのである。
測量に関わった人々は何十キロもの木材を山に運び、現場でそれを加工し、見事な山小屋を作っていた。
どんな過酷な状況でも、生活に必要なものは何から何まで自力で賄える逞しさ、そしてそれを可能にする技術や身体的能力が備わっていたのである。
まさに文明により人間は進歩したのか、それとも退化したのか、その答えをはっきり突きつけられたような衝撃を受けたのだ。
映画『劔岳 点の記』でも、監督の木村大作は俳優やスタッフに対して、実際の剣岳登山と同じ厳しい境遇を当たり前のものとして撮影に参加するように要請したらしい。
とは言え、現代人たる彼らが示す身体性はとても脆弱で、あの白黒フィルムから感じた圧倒的な存在感はなかった。
それにしても、あの白黒フィルムは一体今どこにあるのだろう?
ぜひ多くの人が観るだけの価値はあると思うのだが・・・
一言では表現できない複雑な映画である。
想田監督はまさに、「観察映画」として精神病の患者さんたちの姿をストレートに撮っている。
モザイクは一切なし。
前作の『選挙』同様、ナレーションもテロップも音楽も一切ない。
しかし2時間15分はあっと言う間に過ぎ去る。
舞台となったのは岡山県のコラール診療所。
わずか月給10万円で患者を診る「現代の赤ひげ」山本医師は、精神病患者の主体性をとても大切にする。
そんな彼が精神障害者のケアを志す人たちに講演で語る。
「紙に四角を描き、その上に丸をバランス良く三つ描いてください。質問は一切せずにとにかく書いてみてください」
参加者が記した絵は人によって実に様々。
四角の上に丸を書く人もいれば、四角の中に書く人もいる。
丸の並べ方も横や縦、あるいは三角と多様だ。
ここで山本医師は語る。
「これが一方的コミュニケーションの限界です。とにかく本人に聞くのが一番大切だということです」
20歳で統合失調症となり、40年以上病気と向き合っている男性はこう語る。
「健常者にも完璧な人など一人もいない。みんなどこかおかしなところがある。私にはそれが良く分かる」
私の友人は舞台となったコラールで働いており、日常的に映画に登場した精神障害者と向き合い、この作品にも登場した。
その彼がこの映画に寄せた言葉は重い。
http://actio.gr.jp/2009/04/09134859.html
私にとってこの作品の主人公は、医療者でも介護者でもなく、次々と登場する精神障害者たち一人一人である。
カメラを通じて、文字通り全世界に自らをさらけ出した彼らの勇気が、果たして彼らのこれからの人生にとって吉と出るのか凶と出るのか? それは分からない。
この映画を多くの人が観ることで、精神障害者たちの置かれている状況が少しでも改善するきっかけとなるのか? それも全くわからない。
ただ彼らは、自らが生きてきた証を、堂々とフィルムに残した。その行為の尊さが全編を通じて私の心を揺さぶり続けた。
だがこの作品は、そんな安易な共感をも排除する。
この映画に登場する精神障害者のうちの3名は、完成した作品を観ることもなく、自ら命を絶つなどで亡くなっている。観るものはその事実を作品の終了時に知らされることとなる。
重い現実が再び観る者を突き放す。「こんな映画くらいで、簡単に分かったような顔をするなよ」。「あの世」からの声が聴こえるようだった。
まずはこのドキュメンタリーを観てみることだ。
先日NHKスペシャルで放映されたこの番組、正直ショックを受けた。
この番組により、大雨による土砂崩れのイメージは一変。
これまでの常識を超えた規模の土砂災害が増加している。
番組紹介はこうだ。
異常気象がもたらす記録的な豪雨が、土砂災害の概念を大きく変え始めている。
昨夏、台湾南部のなだらかな山が、大雨によって頂上付近から大崩壊を起こした。
深層崩壊と呼ばれる巨大土砂崩れが、集落を襲い500人の命を奪ったのだ。ハザードマップで安全とされていた場所で発生した大災害は、日本の防災関係者に大きな衝撃を与えた。
実は台湾と類似した地形の多い日本でも、深層崩壊は頻発し始めている。専門家による調査で次々と危険箇所が見つかる中、新たな災害から住民の命をどう守るか、対策の最前線を追う。
この台湾で起きた大災害は山全体が崩れたもので、なんと幅1キロ、長さ3キロの土砂が500人を飲み込み村が消滅した。
注意すべきことは、深層崩壊はなだらかな斜面でも起きること。
重力によって地層が湾曲して生じる岩盤クリープが原因だ。
クリープした場所に大量の雨が浸透し、地層深部から一気に崩壊する。
日本でも温暖化により集中豪雨が増加し、近年増加傾向にある。
400ミリ以上の大雨はこの10年で年10回以上。
それ以前と比較すると倍増している。
日本全国に危険箇所が存在すると言われている。
しかもこの被害は土砂の直撃を受ける場所だけではない。
大量の土砂が一時川をせき止め、その後決壊して下流地域を襲う。
実際に台湾ではこれにより下流域が洪水の被害を受けた。
恐るべき「深層崩壊」。
今後日本のどの山で起きる危険性があるのか?
岩盤クリープの調査が進んでいるらしい。
ただ、深層崩壊に対処するにはとにかく早めに避難することだ。
住民自ら住んでいる地域のリスクを把握する必要がある。
気候変動に対応した新しい防災対策が問われている。
想田監督は自らこの作品を「観察映画」と呼ぶ。
2時間に及ぶ作品中には、ナレーションもテロップも音楽も一切なし。
ただひたすら、主人公である「山さん」こと山内和彦氏の選挙運動を撮り続ける。
小泉自民党が圧勝した2005年9月の郵政選挙。
山さんはその直後に行われた川崎市市議会補欠選挙で、自民党の公募候補となる。
政治の素人、選挙区には何の足がかりもない落下傘候補だが、地元の自民党組織は市議会での多数派を維持する党利党略のために全面的にバックアップ。
こうした特殊な選挙を撮り続けたがゆえに、集票マシーンとしての自民党組織の実態が見事にあぶり出されていく。
山さんは運動会や老人体育大会、あるいは神社のお祭りなど、あらゆる行事に顔を出して名前を売り込む。
彼の掲げる政策や能力などまったく関係なし。
ただただ、地元選出の国会議員や県会議員、あるいは市議会議員のお墨付きがあればいいのだ。
まさに徹頭徹尾のドブ板選挙。
しかしこれこそ、世界有数の経済大国でながらく政権の座についていた自民党を支え続けたものなのである。
この映画は欧米で大きな話題を呼んだが、多くの欧米人にとっては、白い手袋とたすき姿で選挙カーに乗り、あるいは駅頭に立って名前を連呼するこんな選挙スタイルは相当なカルチャーショックだったはずだ。
ただ想田監督はこんな風にコメントしてもいる。
http://actio.gr.jp/2007/07/21060505.html
ただし、そんな山さんをあざ笑う感じではありませんでした。一旦は笑うけれども、「自分達の民主主義の程度はどれほど日本と違うのだ」と内省的に振りかえる論調もありました。
ですから、「私たちは民主主義のありがたさや価値を忘れがちだが、改めてそれを思い起こさせる映画だ」との評価も受けました。皮肉もあるでしょうが、「人の振り観て我が振り直せ」といったニュアンスが込められています。
さて、問題は当の日本人自らがこの映画を観てどう思うかだろう。
民主主義とは何か、選挙とは何か、ぜひそれぞれの立場で考え直すいい機会となる素晴らしいドキュメンタリーである。
ナレーション、テロップ、音楽などの余分な要素が一切無くても、2時間まったく退屈しなかった。
前編では先住民居留区での天然ガス開発に反対するシャイアンの人々や、アラスカ北極圏の自然保護区内カリブー繁殖地の油田開発に反対する先住民を紹介。
そして後編では、ナバホ居留区でのウラン鉱山開発を取り上げる。
第二次大戦直後、多くの先住民は放射能の危険性すら教えられずに鉱山で働き被曝、重大な健康障害に陥る。
スリーマイル島事故で一端撤退した開発会社は、1990年代に再開発に着手。
ウラン鉱床を溶剤で溶かしてウランを抽出する方法を採ろうとする。
これでは先住民の水源である地下帯水層は汚染される。
当然にも反対運動が巻き起こった。
ところがウラン鉱山の土地を所有する人たちは、開発反対派に噛み付く。
「これで利益を上げて何が悪い。孫たちを飢えさせるつもりか」と。
彼らは莫大なお金を得、「作業は安全だ」との説明を受けたと強弁。
まさに日本の原発立地地域で起きる住民内部の争いそのものだ。
反対派は、こう嘆く。
「鉱山の再開を巡って地域社会だけでなく、家族さえバラバラにされました」
「私たちは土地の所有者と闘っているわけではありません。相手は企業です」
「トウモロコシの花粉とウランは見た目がそっくりです。トウモロコシは自然の恵みですが、ウランは誤って手をつけると破滅に至ります」
現地で先住民の医療支援に当たる医師の言葉は感慨深い。
「ここはアメリカで最も収入が少ない地域の一つです。住民の多くは英語を話しません。
電話のない家も多く、政治家と連絡をとることもできません。
そうした地域の住民がウラン産業、原子力産業を阻止しています。
草の根の民主主義が勝利をおさめているのです」
中国電力が強引に建設を進めようとする山口県上関原発。
現地ではまさに同じ矛盾が住民を苦しめ、そのなかで原発建設に反対する人々は粘り強く闘っている。
少なくとも本ドキュメンタリーで描かれている現実を直視すれば、「原発はクリーンで環境に優しい」などというキャンペーンがどれだけ大嘘なのかははっきるするだろう。
映画『アバター』は近年にない名作である。
ジェームス・キャメロン監督の代表的な作品、『ターミネーター2』や『タイタニック』のメインテーマはヒューマニズムであったが、明かに彼の目線は変わった。
まさに人類が地球的規模の環境破壊に直面しているなかで、それを生み出してきた近代文明を捉え返し、持続可能性を探求する野心的な作品となっている。
そのテーマを興行的にも成功させてしまうところがまさに天才の面目躍如。
ところが近代や物質文明そのものを根本的に捉え返すことのできないアメリカでは、トンチンカンな批判が巻き起こった。
今年1月31日付読売朝刊は、「アバターは反米」とアメリカ国内で保守派が批判していると報じた。
こうした保守派の批判に対しキャメロン監督は、「この映画は我々を反映してる。兵士は不当に戦場に送られている」と語っている。
つまり、映画で惑星パンドラの希少鉱物を略奪するために海兵隊が送り込まれたのと同様、イラクやアフガニスタンに石油利権のために海兵隊の若者たちが送り込まれていると批判しているわけだ。
そして忘れてはならないことは、まさに『アバター』で描かれたナヴィ(=ネィティブ)への侵略・略奪は、コロンブスによる新大陸発見以降、西洋近代が世界中で行ってきた歴史的事実そのものであることだ。
まさにラス・カサス『インディアスの破壊についての簡潔な報告』以来、500年以上続く先住民への暴虐。
この略奪は現在進行形でもある。
以下のサイトで告発されている現実は、その氷山の一角でしかない。
企業の搾取と戦う先住民族。
http://www.realiser.org/report/lifestyle/article/index.php?id=244
アメリカ先住民ナバホ族居留地にあった1000を超えるウラン鉱山では、素手でウラン鉱石を積んでいたナバホの労働者達のほとんどが放射線の被曝障害を患い、これに抗議して立ち上がっている。
http://eeg.jp/EpN4
映画『アバター』では、人類は地球のエネルギー問題の解決の鍵となる希少鉱物アンオブタニウム鉱床を確保するために躍起となる。
これを得るために海兵隊は、ホームツリーもろとも先住民ナヴィを殺戮しようとするが、まったく同じ矛盾が実はこの地球上でも起きているのだ。
映画では、シガニー・ウィーバー演じる植物学者が、惑星パンドラの植物が人間の脳以上の神経ネットワークを持っているとその保護を訴える。
しかし開発会社の担当者には、自然は単なる収奪の対象でしかないから、「なんか薬でもやったのか?」とまったく取り合わない。
山口県上関町に計画されている原発に対し、多くの生物学者が瀬戸内の貴重な生態系を破壊すると、計画見直しを提言していることに、中国電力がまったく耳をかさないのと同じだ。
キャメロン監督がこうしたあらゆる文脈を踏まえて『アバター』を製作したことは間違いない。
基本モチーフは完全に『風の谷にナウシカ』、そして『もののけ姫』のパクリなのも偶然ではない。
宮崎アニメもまた、近代そのものへの鋭い問いかけを発し続けてきたからだ。
最後に私は、この映画が心身論的にも実に興味深い内容を描いていると強調したい。
主人公の元海兵隊員ジェイクは、下半身不随の身。
しかしアバターという新しい肉体を得、それを通じて豊かな自然のなかで生きる喜びを体感する。
動物や植物、仲間たちとの触れ合いと交感により、ジェイクはスピリチュアルな感覚を研ぎ澄ましていく。
この映画の最大の魅力は、その躍動感を見事に描き出していることだろう。
対する海兵隊は、まさに近代的な装甲に身を包み、自然と遮断されている。
自然への畏敬の念を忘れ、ただ合理性や経済性だけを追求する人類。
身体性やスピリチュアルな感性を喪失した文明がどれほど醜く愚かなのか。
すべての人にその捉え返しを迫る映画である。
本書は、国家権力の不正や横暴に対峙する民衆の「非暴力直接行動」の可能性について深く探求している。
「お上意識」「同調圧力」の強い日本では、「話し合い」「対話」を強調する余り、権力の不正や横暴に対して「抵抗」や「反抗」をすることを忌避する傾向が強い。
しかし欧米の社会運動では、ラディカルな非暴力直接行動によってこそ民衆のパワーが表現されている。
例えば『文化=政治』(月曜社)のなかで毛利嘉孝氏は、1999年WTO会議開催に反対して行われたシアトルの闘争が、マスメディアが描いたような「無軌道な若者達の暴走」などではまったくなく、事前の周到な準備によって組織されていたと述べている。
http://www.ihope.jp/2009/05/26100510.html
欧米ではハーバーマスのような学者でさえ、必要とあらば非合法であったとしても「非暴力的抵抗」の重要性を認めている。
なぜなら、こうした民衆の抵抗権を認めない社会は、とても民主主義とは言えないからである。
酒井氏が紹介するマーティン・ルーサー・キングの「バーミングハムの獄中からの手紙」は象徴的だ。
「『なぜ直接行動を、なぜ座り込みやデモ行進などを。交渉というもっと良い手段があるではないか』と、あなたがたが問われるのはもっともです。
話し合いを要求されるという点では、あなたがたはまったく正しいのです。実に、話し合いこそが直接行動の目的とするところなのです。
非暴力直接行動のねらいは、話し合いを絶えず拒んできた地域社会に、どうでも争点と対決せざるをえないような危機感と緊張をつくりだそうとするものです。
それは、もはや無視できないように、争点を劇的に盛りあげようというものです」
酒井氏はまたこうも述べている。
「ガンディーにとって非暴力とは『和が大切』というような発想とはまったく異なります。ガンディーにとって非暴力とは『直接行動』なしには意味をもたない」
「たとえばキングに即するならば、あるいはガンディーに即するならば、非暴力直接行動がそれ自体『ピースフル』なものであるとするイメージはまったくの誤りです。日本でイラク反戦のデモの際にしばしば見受けられた、たとえば非暴力であれば、デモ中に嫌がらせをする警察とも仲良くしなければならないというような、緊張を忌避することがなにか運動の発展に意味があるというような発想はキングとも、ガンディーともまったく無縁です」
そしてマハトマ・ガンディーの言葉も紹介。
「私はもちろん『直接行動』という言葉を、その語の術語的な意味に限定するものではありません。けれども、そこに直接行動的な表現なしには、非暴力はわたしの心にとって無意味です。
それはこの世において、最も偉大な、最も行動的な力です。人は消極的に非暴力であることはできません」
つまり、単純に暴力を否定するから非暴力なのではない。
能動的、大衆的、効果的に争点を創り出し、権力者や支配者をして「話し合い」に応ぜざるを得ない状況に追い込み、民衆の権利を守ることが核心なのである。
圧倒的な力を持った権力に規定され続けるのではなく、「非暴力直接行動」によって民衆が権力を逆規定する。
歴史的に証明されているその力の偉大さを知るがゆえに、権力者はいつの時代にも、民衆の直接行動を暴力的に抑えこもうとするのだ。
先日、日本テレビで放映された番組「人類ZEROの世界」。
ある日突然この世界から人類が消滅したらどうなるのか、をシュミレートした番組だが、そのネタ本がこれだ。
人類が生み出している文明は人の手が入らなければわずか50年で完全に崩壊する。
世界を作り変えるなどという人間の傲慢は歴史の瞬きに過ぎないことを見事に描いている本だ。
例えば、周囲を海と川で囲まれたニューヨークのマンハッタンの地下鉄は、700個のポンプで莫大な地下水を汲み上げることでかろうじて維持されている。
その汲み上げが止まれば地下は浸水し、地下鉄どころか街全体が崩壊する。
そしてコンクリートの崩壊に比例するように森に覆われていくニューヨークには、猛獣が跋扈するようになる。
人類がいなくなれば、他の生物にとっては新たな楽園が生まれるのわけだ。
我々が依存する文明はいかに脆くはかないのか。
歴史上あらゆる文明は最後を迎えている。
現代文明だけが例外との保障はない
ただし、人類消滅後にも残り続けるものもある。
プラスチック、そして放射能。
原子炉は現代文明の巨大な墓標として何万年にも渡って放射線を出し続ける。
日本テレビの番組では、何故かチェルノブイリを取材。
世界を震撼させた1986年の事故から既に四半世紀。
周辺には植物が復活し、動物も戻っているとレポート。
これって原作の趣旨とは随分逸脱しているような・・・
いずれにしても本書に登場する古生物の研究者ダグ・アーウィンは次のように語る。
「人間はそのうち絶滅します。これまでのところ、すべてが絶滅したのですから。死と同じことです。私たちだけが違うと考える理由はありません。
しかし、生命はつづいていきます。最初は微生物かもしれない。あるいは、ムカデ類が走り回るかもしれません。やがて生物は進化し、進化をつづけます。
私たちがいようがいまいがね。いまここに存在するということは、興味深いことだと思います」
人類がどれだけ地球を破壊し、汚染しようが、必ず何からの生物は生き残り、進化を続けるだろう。
だからと言って、人類が何をしても許されるわけではない。
種としての滅亡はいずれ避けられないにしても、「立つ鳥跡を濁さず」を大切にしたいものだ。
沖縄出身のアーティストCoccoが、普天間基地の移設先候補となっている辺野古の海を泳ぐ絶滅危惧種ジュゴンのために曲を捧げた。
冒頭にはこう記されている。
この歌を
2007年6月
大浦湾に帰ってきた
2頭のジュゴンに捧げます。
ありがとう。I dedicate this song to the two dugongs
that came home to the Ohura Bay,
Okinawa,Japan in June 2007.
Thank you.
政権与党となった民主党にこの歌は届くのか?
日本のマスコミが一切報じない原発労働者の被曝問題。
それを1995年、イギリスのチャンネル4がドキュメンタリーにした。
原発は、通常の運転のために大量の労働者の被曝労働を必要とする。
原発サイト内で放射能を雑巾で拭き取る下請け労働者。
彼らからすれば、原発がクリーンで環境に良いなどという宣伝は、本当にお笑いでしかないだろう。
このドキュメンタリーの取材対象となったフォトジャーナリストの樋口健二氏は、著書『闇に消される原発被曝者』(三一書房)のあとがきの中で、次のように語っている。
「私は巨大科学としてしか、原発をとらえない人々に対して、被曝者が居ないだけでなく、居ないことにしている体制を知ってほしいという願いを込めて、今まで取材をつづけてきた」
私は何度も彼の講演を聞いたことがあるが、何歳になっても信念を失わない気骨のジャーナリスト魂をもった人だと感じた。
最大スポンサーの電力会社の顔色にビクビクして、被曝労働問題を一切報道しない日本のマスコミは、ジャーナリズムの名には値しない。
なぜ日本社会の闇とも言えるこの問題を、イギリスの製作会社しか報道できないのか。
そこに、この闇の深さが象徴されている。
この映画が公開されたのは1995年3月。
その2ヶ月前、まさにこの映画のヒロインが住む神戸(実際のロケはすべて小樽で行われた)を、阪神・淡路大震災が襲った。
亡くなった愛する者への切ない想い、残された者の心の傷の癒しと魂の再生を描いたこの映画は、期せずして阪神大震災の被災者へのレクイエムとしてつくられたかのように独特の雰囲気をかもしだしている。
監督は本作により一躍有名となった岩井俊二。
得てして天才型の才能は、その処女作が飛びぬけているものだが、多分彼の場合もそうだろう。
一人二役を見事に演じたのは中山美穂。
恥ずかしながらただのアイドルだと思っていた私は、この映画で彼女の演技力に感嘆した。
そして何より、全編を流れるサントラが素晴らしい。
冒頭の雪のシーン、そしてヒロインが「お元気ですか?」と、恋人が遭難した山に向かって叫ぶシーン。
この映画の重要なシーンのバックはすべて雪景色。
真っ白な雪景色に見事にマッチする透明なサウンドは、一度聞いたら忘れられない響きを持っている。
雪景色だけでなく、この映画を貫いているのは「透明感」である。
それは、亡き恋人の中学生時代の想い出を辿るシーンにもすべて共通している。
その「透明感」は、大人になり年を重ねる毎に失っていくものだろう。
誰もが青春時代に持っていた、世界に対する透明な感性、それをこの映画は見事に描き出している。
だから観るものはみな、どこか甘酸っぱい、そして過ぎ去った青春を眩しいように振り返る気持ちにさせられる。
この映画は、青春時代真っ盛りに観ても、その本当の価値は分からないだろう。
中年から壮年、そして老人にこそ、ぜひ観てもらいたい映画だ。
「建築基準法の改正は、実は阪神・淡路大震災が起きるはるか以前から決まっていたことなのである」「阪神・淡路大震災からさかのぼること六年前の一九八九年五月、アメリカは悪名高い通商法スーパー三〇一条を日本に対して発動した。このときスーパーコンピューター、人工衛星とならんで標的にされた三品目のひとつが木材、つまり建築材料だったのだ」「木材についてアメリカは、日本の建築基準法や製品規格などがアメリカ製木材の輸入を妨害していると非難した。このとき日本政府は、建築基準法は度重なる災害の教訓から日本の稿密な国土の状況に即して定められているのだから緩和する意思はないと抵抗したが、アメリカは一方的な制裁をほのめかせて圧力をかけ続けた」
「私はこれを知ったとき大変驚いた。『仕様規定』から『性能規定』への変更を主眼とする建築基準法の改正は、建築審議会が答申書で法改正を提言する七年も前に、日米両国の政府間ですでに合意されていたのだ」「もしマス・メディアに公表されないまま、こうした政府間合意がなされ、あらかじめ決められたシナリオにそって審議会の答申がつくられ、阪神・淡路大震災のどさくさに紛れて法改正までしてしまったことが事実とすれば、これは驚くべきことではないか。審議会の検討作業や国会での審議はいっさい茶番ということになりかねない。あきらかにこれはアメリカからの内政干渉だ。しかもそれが日本の審議会制度などを利用して構造的に行われていることになる」
「民間保険会社が提供している商品と競合する簡易保険(簡保)を含む政府及び準公共保険制度を拡大する考えをすべて中止し、現存の制度を削減または廃止すべきかどうかを検討することを強く求める」
「郵便保険と郵便貯金事業に、民間企業と同様の法律、規制、納税条件、責任準備金条件、基準及び規制監督を適用すること」「新規の郵便保険と郵便貯金が、その市場支配力を行使して競争を歪曲することが無いよう保証するため、独占禁止法の厳格な施行を含む適切な措置を実施する」
NHKスペシャルこのシリーズの最終回は、実に衝撃的な内容。
番組紹介には以下のようにある。
性染色体がXXなら女、XYなら男。この基本そのものが大きく揺らいでいます。
じつは、男をつくるY染色体は滅びつつあるのです。
さらに、Y染色体を運ぶ精子の劣化も著しいのです。
こうした性システムの危機に、私たちはどう対応すべきなのでしょうか?最終回では、いわゆる試験管ベビーが生まれて30年、生殖技術をめぐる最前線をたどりながら、現在、性の揺らぎが引き起こしているさまざまな影響を追います。
私も初めて知ったが、驚くべきことに男性のY染色体はどんどん小さくなっている。
それに伴い、1億6600万年前には1000以上あったY染色体中の遺伝子の数は、現在では78にまで激減。
元々同じ大きさ、遺伝子の数だったXと比較すれば、いかに縮小してきたのかは明らかだ。
この減少は、Y染色体が単独でコピーを繰り返すがゆえに不可避。
コピーミスを修復できないから、500万年から600万年後には、Y染色体は完全に消滅することになる。
加えて、人間の精子の質や濃度も急激に低下している。
チンパンジーの精子と比較すると、濃度もその活動の活発性も歴然と違うことが分かる。
そしてフィンランドでは、2000年に入ってからのわずか5年間で、精子の濃度が27%も低下した。
原因は不明だが、90年代には環境ホルモンによる生物の生殖機能異変が問題になった。
人類は、あらゆる汚染を拡散させることでその被害をごまかし続けてきた。
しかし地球は有限である以上、汚染は確実に環境に蓄積し、そして私たち自身へと跳ね返ってくる。
環境ホルモンの危険性を訴えた『奪われし未来』の最後の一節。
手遅れにならないうちに、私たちは本当の知恵を身につけなければならない。
未来への道行きで肝に銘じねばならないのは、人類がいままさに無視界飛行中であるという事実だ。
人類はいま、地図をもたず、何の誘導もないまま霧をかき分けて飛んでゆかねばならない。いま何よりも大切なのは、地球上にすむ一人一人がこの問題を真剣に考え、論じ始めることだ。
子供達が合成化学物質にさらされることなく、安全に生まれてこられるような未来をつくるには、科学技術と専門技術がぜひとも必要だ。
けれども、人類の幸福と生存にとって何より大切なのは、いかに知識が豊かになろうとも、知らないことはまだまだたくさんあると悟る知恵だろう。この心得がなかったために人類は途方もない危険に身をさらし、生死に関わる賭博にまで手を染めるはめになってしまったのだ。
この賭博の儲け金は途方もなく高額である。
だから、われわれ人類がよりよく状況を理解できるようになったいまこそ、もっと用心深く勇気を持つべきだ。これこそが、子供達の未来を守る親の義務なのである。
副題に「80歳まで強くなれる」とあるが、本書が意図する「強くなる」の意味は単純ではない。
著者は大学卒業後に単身パリへ渡り、空手の修行に明け暮れ、そのなかで武道や日本文化について探究してきた。
現在はパリ大学ソルボンヌ文化人類学研究所の研究員であり、独自の武道「自生道」を切り拓いている。
本書のプロローグにはこう記されている。
私は現代における人類の最大のテーマは、どのようにして人間が質的に向上できるかだと思う。
100年後といわず50年後の世界情勢を考えてみられたい。自然環境、国際政治環境といったものが改善されるためには、人間の意識の変化が必要だと思う。
大げさに考える必要はない。自分の身体という一番身近なものを見直し、人間が身体で生きている意味を考えてみることが、意識変化の第一歩だ。
身体を動かすことによって意識を訓練し、訓練された意識によって身体を導き訓練していく。武道にはそうした方法が整然と眠っている。
武道の現代的および未来的な意義は、それを一般性のある方法として活用することにあるのではなかろうか?
著者はまた、こうも述べている。
身体には人間が大脳皮質で考え得ることをはるかに越えた英知、すなわち膨大な<情報>の元が眠っている。
だから、どんなに頭のよい人間でも、その人の身体の方がずっと頭がいいのだという言い方もできる。
まさに、内田樹が『私の身体は頭がいい』で論じていることと同様の内容を突き出しているわけだ。
人類はとりわけ産業革命以降、欲求を身体の外側に延長させてきた。
つまり客体としての自然、物質的富によって欲求の充足をはかろうとしてきたわけだ。
しかし環境破壊や資源・エネルギー危機などに明らかなように、こうした悪無限的な物質的欲求の延長線上に未来を展望することは不可能である。
あくことなき探究心や健全な欲求を否定することなく、人間が進歩するためには、身体の外側にではなく、内側にこそ欲求を向けるべきなのだ。
その意味で、著者の提起は興味深い。
欧米文化における根深い諸問題の多くは、精神と身体を分離する考え方からきているといってよい。
武道の思想と方法は、欧米文化の盲点に光を当てることになる。
デカルト的な心身二元論をこえる新しい文化。
実はそれは、東洋思想のなかに脈々と受け継がれ、武道などの日本の伝統的文化のなかで育まれてきた。
21世紀に日本が世界に発信できる新しい価値は、まさにこうした内容にこそあるのではないだろうか。
この映画は、ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンの演技力がすべてだ。
ストーリーはある意味、ありふれている。
人生の終盤で癌を宣告された二人の男性。
方や町の修理工場で家族のためにひたすら働いてきた黒人男性。
方や叩き上げから一代で10億ドルを稼いだ「勝ち組」白人男性。
その二人が癌の告知を受けてたまたま同じ病室に入院する。
奇妙な縁から始まった二人にはいつしか友情が芽生え、人生の最後に目一杯やりたい事をして一緒に過ごすことに。
しかし、どんなんにお金をかけてやりたい事をしても、どうしても埋められないものがあった。
結局二人の最後の旅は、自分だけの欲求の充足、あるいはお金や地位では絶対に埋められない何かにあらためて気付かせる旅となる。
至極ありふれたストーリーである。
下手な俳優が演じたら、何のこともない三流映画だろう。
しかし、ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンの存在感は圧倒的だ。
ハリウッドで成功した彼ら自身が、まさに人生の終盤で同じ問題意識をもっているからなのか、その演技は重い。
住民の安全や健康を守るために、国策の不合理に真っ向から挑んだ敏腕知事は、東京地検特捜部によって抹殺された。
理由は「知事は日本にとってよろしくない」から。
本書の裏書にはこうある。
「東京一極集中に異議を唱え、原発問題、道州制などに関して政府の方針と真っ向から対立、『闘う知事』として名を馳せ、県内で圧倒的支持を得た。
第5期18年目の2006年9月、県発注のダム工事をめぐる汚職事件で追及を受け、知事辞職、その後逮捕される。
08年8月、第一審で有罪判決を受けるが、控訴」
まさにこの事件の当事者である元福島県知事佐藤栄佐久氏が自ら筆をとり、東京地検特捜部による驚くべき冤罪でっち上げの内幕を暴露している。
事件が起きる直前、日本の原発サイトで隠蔽されてきたデータ偽造などの大問題が相次いで発覚した。
これにより福島県内の原発10基も停止に追い込まれ、当時知事だった佐藤氏はプルサーマル導入を白紙にして、国と電力会社に信頼回復への努力を強く迫った。
佐藤氏は、原発の安全管理について立地自治体がなんら関与できない日本の原子力政策を批判、さらに将来的な展望なきまま進められる再処理政策は一旦立ち止まって再検討すべきと提言した。
彼は住民の安全を守る自治体首長として当然の要求を行ったに過ぎない。
そして、原発に象徴される一極集中構造を変え、地方自治体が自立可能な環境と調和するエネルギー政策を模索すべきだとの、至極真っ当な提言をしたのだ。
しかし、こうした佐藤氏のスタンスを「日本にとってよろしくない」と判断する勢力が存在したのだろう。
それは一刻も早く原発の運転を再開したい電力業界だったかもしれない。
あるいは「国策」を推し進めたい官僚たちだったかも。
いずれにしても、「日本にとってよろしくない」知事を抹殺するのに使われたのは東京地検特捜部である。
そして検察情報を垂れ流すマスコミは、見事にこの政治弾圧の片棒を担いだのだ。
私自身も自らの不明を恥ずべきである。
ながらく脱原発運動に関わりながら、この事件が起きた際に私はどう思ったのか?
「原発立地県の知事が収賄とはさもありなん。利権が渦巻いていたに違いない」
まさに検察リーク情報を鵜呑みにし、メディアコントロールされていたのだ。
本書を紐解き、佐藤氏こそ、これからの日本にとってもっとも必要な政治家の一人であったのにと、自らの不明が悔やまれる。
なんと知事時代、エネルギー政策を議論するために、福島県主催のシンポジウムをわざわざ東京で開催し、原発反対派の研究者や市民を交え議論の場をつくろうと努力していたことなどを知った。
こんな佐藤氏であればこそ、福島県政史上最多の得票で5期も知事を務められたのだろう。
しかし、民主的選挙で圧倒的な支持を得ていた知事すら、簡単に抹殺されてしまうのが現在の日本の民主主義の実態である。
東京地検特捜部が、収賄罪や政治資金規正法を振りかざして強制捜査に乗り出せば、それで政治家の政治生命は終わる。
どんな滅茶苦茶のデッチ上げであろうとも、マスコミが検察リーク情報を垂れ流せば、世論は簡単に誘導される。
本書の冒頭で佐藤氏はこう記している。
「刑事裁判では、有罪判決が確定する前には無罪が推定されるという、『無罪推定の原則』がある。しかし、私の場合、そのはるか前、特捜部の捜査からマスメディアの報道によって、すでに裁判の前に命を絶たれてしまったようなものである」
そして今まさに、戦後初の政権交代を実現した民主党の小沢幹事長へも、同様の政治弾圧がかけられている。
検察審査会の「起訴相当」の判断は、まさにマスコミが検察リーク情報を垂れ流し、「小沢=金権政治」のイメージが膨れ上がった結果だろう。
東京地検特捜部が1年間も強制捜査して起訴できなかった事件を、こんなイメージ操作に乗っかって「起訴相当」と判断すれば、法治主義そのものを根底から揺るがすことになる。
東京地検特捜部とマスコミが一体化し、政治資金規正法は「現代の治安維持法」と化している。
本書を読み、われわれはこの現実を直視しなければならない。
ジャーナリストの手嶋龍一氏は、2009年10月18日付熊本日日新聞にこんな書評を掲載している。
「これはスターリン独裁下のモスクワの出来事ではないのか―この本を手に取った読者はそんな錯覚に陥るだろう」
このシリーズの2作目は、脳科学や生物学の最新の知見を駆使し、男女の違いをより突っ込んで解明する。
解説はこうだ。
「いま、『男女差』が次々と見つかっています。特に、脳は性ホルモンなどの影響で男女差が生まれていることがはっきりしてきました。
なぜ脳が男女で違うのでしょうか? それは「ともに生き延びる」ためだといいます。
長い狩猟採集時代、祖先は役割分担をして、多様な食糧を確保する生存戦略をとりました。それが男女の脳の差を生んだと考えられています。
医学や教育などではじまっている、男女の差に注目する新たな潮流を描きます」
驚いたのは、既にアメリカの公立小学校の多くは、男女別のクラスを試験的に実施していることだ。
落ちこぼれをなくすには、男女の性差を踏まえた適切な教育をしたほうがいいとの判断で、たとえばじっとしていることが苦手な男の子の読書は、寝そべるなど自由な姿勢でさせる。
女の子は協調し合うのが上手なので、ペアで学習させて教え合う。
これが競争心の強い男の子と一緒だと上手くいかないらしい。
今や企業もまた、こうした男女の差を踏まえた経営戦略を模索している。
例えばあるコンサルティング会社が顧客にサービスを提示する際、CEOが男性か女性かによって違う方法を採用する。
CEOが男性の場合には、明確な方針を提示し、それを権威づけるためにできるだけ役職の高い担当を派遣する。
男性ははっきりとした結論を求め、また権威主義的に思考する傾向が強いからだ。
逆にCEOが女性の場合、結論を一本に絞らず、まずは問題意識の共有を重視し、できるだけ現場に近い担当者を派遣する。
女性は結論よりもプロセスを重視し、一つの答えに縛られるのを嫌う傾向が強いからだ。
こうした男女の性差は、人類が進化の過程でもっとも長い期間を過ごした狩猟採取生活での役割分担から生じたものだ。
つまり男女の性差は、どちらが優れているかが問題ではなく、それにより生まれる多様性により人類が生き延びるために有効だったのだ。
しかし私が思うに、産業革命以降のここ数百年の間は、どうも一本調子の経済成長だけが価値とされてきた。
そこで求めらた結果優先の目的合理性は、明らかに主に男性に備わっていた特質だろう。
それが行き詰っている今日、持続可能な未来を展望するには、もっと女性の特質を活かす社会へ転換していくべきではないか。
いずれにしても、生物同様に、多様性を喪失した社会は危機に脆いことは確かだ。
NHKオンデマンドで観たこの番組、なかなか興味深かった。
番組紹介には以下のようにある。
「男女はなぜ惹(ひ)かれあうのでしょうか?
脳科学は恋のメカニズムを解明しつつあります。その中心は、快楽をつかさどるドーパミンという脳内物質の大量分泌です。
しかし、これは体への負担が大きく長続きしません。そのため、"恋愛の賞味期間"は3年ほどだといいます。
そこで、どうすれば男女関係は長続きするのか、科学的探求が進められています。
『子育て協力者』から『人生の伴りょ』へと変化してゆく男女関係を描きます」
番組では男女間の恋愛の謎を、最新の脳科学と生物学の知識をもとにして解明する。
哺乳類のなかでも「つがい」で子育てをする生物は数パーセントしかいないらしい。
とりわけ人間は直立歩行したことにより女性の産道が狭くなり、未熟な状態で赤ん坊を出産することになる。
これは子育てにおける男女の協力を不可欠とする。
したがって子どもがある程度成長するまでの3年間ほど、男女が強く惹かれ合う必要があり、ドーパミンが分泌される。
これが文化的には「恋愛」と呼ばれる状態である。
しかしドーパミンの分泌は長続きしない。
寿命が伸びた現代、子育てを終えてもなお男女が「人生の伴りょ」として関係を維持するためには、互いの生物学的な違いを認め合い、理解し合う努力が必要となる。
だいたいこんな展開だが、興味深かったのは、男性は女性を主に「視覚」において、女性は男性を主に「記憶」において見定めている点だ。
「視覚」とは、女性が出産に適した体型かどうかで、男性がヒップとウエストの比率「10:7」をベストと判断するのは、古今東西変わらぬ真理らしい。
「記憶」とは、男性がきちんと子育てに協力してくれるかどうかで、「有言実行」かどうかをチェックしている。
さらに狩猟に出ていた男性は、常に問題解決型の思考と会話をし、村のコミュニティで家庭を守っていた女性は、何気ない日常会話などを重視する。
まさに『話を聞かない男、地図が読めない女―男脳・女脳が「謎」を解く』でも説かれた問題である。
一番面白かったのは、狩りをしていた男性は、いつでも興奮状態へ移行できるように、心拍数が急激に上がるように遺伝子にインプットされているから、女性よりも「キレやすい」とされている点だ。
だから男女の会話では、男性はコミュニケーションそのものを楽しむよりも「解決」を求め、それに女性が応じない場合には駄目出しをし、女性が反論するとすぐにキレる。
この悪循環に陥り、そこから抜け出せなくなると男女の危機が迫ってくるわけだ。
なかなか身につまされること多々ある、実に面白い番組だった。
その伝統的な歌や舞踊を舞台化したのが『シャングリラ』。
そして貧困と差別のなかで彼女を支えたものこそが「踊り」だった。
あの舞、とりわけ手の動きの美しさはこの世のものとは思えない幻想的なもの。
自然のなかで伝統的文化を守り、コミュニティを大切にして生きてきた少数民族。
その素晴らしさと共に、それが失われていく哀しみがひしひしと伝わってきた。
自身が生まれ育った桃源郷が失われていくことへの、ヤン・リーピンの深い哀しみがこの舞台の底流に流れている。
それは中国だけでなく地球全土でそうですよね。わたしの村でも、一昔前まであった粉ひき用の水車がオートメーション機械にとってかわられました。かつての家族は小さなランプに火を灯して暮らしていましたが、今では電力が供給されています。まあ生活が便利になることは悪いことではないので、これは致し方のない変化なのかもしれません。ただどうしても残念なのは、村民たちの精神性が失われつつあること。たとえばかつての人々は月を仰ぎ見て「なんて明るいんだ」とその不思議な魅力にとりつかれたものです。でもいまではインターネットなどで科学的知識がすぐに得られるため、誰もが月とはなにもない不毛の平野だと知っている。
するとたとえばわたしが踊る<月光の舞>の神秘性に、共鳴する人が少なくなってしまうわけです。哀しいことです。
中国ではもっともナーバスなこのテーマに正面から触れている。
花があったら昭和二十年三月十日の(東京)大空襲から三日目か、四日目であったか、私の脳裏に鮮明に残っている一つの情景がある。永代橋から深川木場方面の死体取り片付け作業に従事していた私は、無数とも思われる程の遺体に慣れて、一遺体ごとに手を合わせるものの、初めに感じていた異臭にも、焼けただれた皮膚の無惨さにも、さして驚くこともなくなっていた。午後も夕方近く、路地と見られる所で発見した遺体の異様な姿態に不審を覚えた。頭髪が焼けこげ、着物が焼けて火傷の皮膚があらわなことはいずれとも変りはなかったが、倒壊物の下敷きになった方の他はうつ伏せか、横かがみ、仰向きがすべてであったのに、その遺体のみは、地面に顔をつけてうずくまっていた。着衣から女性と見分けられたが、なぜこうした形で死んだのか。その人は赤ちゃんを抱えていた。さらに、その下には大きな穴が掘られていた。母と思われる人の十本の指には血と泥がこびりつき、つめは一つもなかった。どこからか来て、もはやと覚悟して、指で固い地面を掘り、赤ちゃんを入れ、その上におおいかぶさって、火を防ぎ、わが子の生命を守ろうとしたのであろう。赤ちゃんの着物はすこしも焼けていなかった。小さなかわいいきれいな両手が母の乳房の一つをつかんでいた。だが、煙のためかその赤ちゃんもすでに息をしていなかった。わたしの周囲には十人余りの友人がいたが、だれも無言であった。どの顔も涙で汚れゆがんでいた。一人がそっとその場をはなれ、地面にはう破裂した水道管からちょろちょろこぼれるような水で手ぬぐいをぬらしてきて、母親の黒ずんだ顔を丁寧にふいた。若い顔がそこに現れた。ひどい火傷を負いながらも、息の出来ない煙に巻かれながらも、苦痛の表情は見られなかった。これは、いったいなぜだろう。美しい顔であった。人間の愛を表現する顔であったのか。だれかがいった。「花があったらなあ――」あたりは、はるか彼方まで、焼け野原が続いていた。私たちは、数え十九才の学徒兵であった。
政権交代と共に日本社会のあらゆる所で地殻変動が起きているのと軌を一にするかのように、ちょうど昨年末ぐらいからTwitterが注目を浴びるようになった。
私がTwitterを始めたのもちょうどこの時期で、すでに3カ月余りがたった。
正直、この3カ月間に私が得た貴重な情報のほとんどは、新聞やテレビではなく、Twitterを通じてのものだ。
民主党小沢幹事長をターゲットとした検察の執拗な捜査と、検察リーク報道を垂れ流すマスメディア。
その異常な姿に気づかせてくれたのもTwitter上を流れる情報である。
あらためて、この国の新聞やテレビがどれほど偏向報道しているのか、世論を意図的にコントロールしているのか、嫌と言うほど痛感した。
国民一人一人がメディア・リテラシーを高めるためにも、Twitterを有効に活用することは大きな意味がある。
より多くの人にTwitterを活用してもらえたらと願い、月刊誌『Actio』2月号に掲載した私の文書を紹介したい。
140字のつぶやきは世界を変えるきっかけになるか?
Twitterを活用してネットワークを広げようこの10年ほどの間に爆発的に普及したインターネット。今やネット検索や電子メールでのやり取りを抜きに日常生活はあり得ないほど多くの人が活用している。
そんななか、ここ数年で利用者が飛躍的に増大し注目を浴びる新たなネットコミュニケーションツールがツイッター(Twitter)だ。アメリカ大統領選ではオバマ陣営が活用、勝因の一つになったとも言われるが、その仕組みは極めて単純。「今どうしてる?」との問いに140字以内でつぶやく。勿論、つぶやく内容は日常の細々から政治的話題まで自由自在だ。
政権与党民主党の国会議員にはツイッターを活用している人も多く、「仕分け人」蓮舫議員は、毎日事業仕分けの様子をつぶやき注目された。危機感を抱いた自民党も国会議員に利用を指示。朝日新聞や毎日新聞などの大手マスコミ、あるいは企業なども公式アカウントを取得して宣伝やマーケッティングに利用し始めている。
私自身始めてまだ数カ月だが、正直かなりはまっている。原発、環境、政治などの社会的テーマから自転車、合気道など個人的趣味まで、毎日のようにつぶやいている。そんな私のつぶやきをフォローしてくれる人も日毎に増え、賛否両論様々な反応が返ってくるのは実に刺激的だ。
とは言え1回に投稿できる文字数はわずかで、つぶやきはどんどん流れては消えていく。「これでどんなコミュニケーションが可能なの?」と疑問を抱く人は多いだろう。
しかしツイッターの開発者はこう語っている。「人間同士のコミュニケーションは、得てしてたわいもないことから始まる」。
確かにいくら理路整然とした立派な文書でも、延々と論じられては気軽に読めない。オフライン同様、「おはよう」とか「今日はいい天気だね」との何気ない会話こそ潤滑油になる。さらに相手の承認なしに勝手にフォローできるので、気軽にどんどんネットワークを広げられる。自由で開放的な緩やかなつながりを創造できる空間なのである。
「だけど重要なことは何も伝えられないのでは?」とのさらなる疑問にもお答えしたい。ツイッター上を駆け巡っている何万ものつぶやきは貴重な情報の宝庫。
例えば沖縄普天間基地移設問題。マスコミは連日のように「鳩山政権が辺野古移転を拒んでアメリカが怒っている」と伝えた。しかしツイッター上では早くからまったく逆の情報が様々なソースから流れていた。アメリカの最大の関心事は海兵隊のグァム移転であり、もともと辺野古移転に関心はない。むしろ埋立利権を得たい日本側にこそ拘っている輩がいると。
私は日頃からマスコミ報道には何かと疑問を感じ、メディア・リテラシーの必要性を自覚していたつもりだ。しかしツイッターを通じて様々な情報に触れることで、あらためてマスコミの偏向報道の酷さを痛感した。テレビのニュース番組よりもツイッター上に流れる価値ある情報を精査し拾い上げる方がはるかに信頼できる。
さらにツイッターは、テレビやラジオを上回る速報性や波及力を発揮する可能性を秘めている。1万人にフォローされている人のつぶやきは、リアルタイムで1万人に伝わる可能性があり、それがさらに連鎖すれば何十万、何百万の人にあっという間に情報が波及する。ニューヨーク・ハドソン川に旅客機が不時着した際、それを最も早く伝えたのはiphoneからの写真付つぶやきだった。
とにかく百聞は一見にしかず。一度ツイッターにチャレンジしてみて欲しい。環境や人権などのテーマに取り組むNGOやNPO、社会起業家、ジャーナリスト、政治家など、実に多種多様な人たちと新しい関係を創造するチャンス!
最後に、『Twitter社会論』の著者津田大介氏の言葉を紹介しておこう。
「人々が動くための一歩目を踏み出すツールとして、ツイッターは間違いなく優秀だ。何かをあきらめてしまった人が、ツイッターを使うことで『再起動』できれば、少しずつ世の中は良い方向に動いていく。そんな希望を持ちたくなる、得たいの知れない力をツイッターは持っている」
デューイの掲げたプラグマティズとそれに基づく教育論。
それはアメリカで広く普及したが、しかしベトナム戦争などを経てアメリカ社会は大きな病理に陥る。
教育によって社会は変わり得るとのデューイの理想は限界に突き当たったのか?
この問題について『学校と社会』解説では以下のように記している。
「学校教育の力の限界。学校は、社会にすでに存在している欲求や目的に奉仕する技術的手段を青少年にあたえているのであって、社会的活動がそれによって選択され決定されるところの根源である欲求自体、目的自体を形成することには、成功していない」
「よりよい教育が、教育機関によってではなく、社会そのものによっておこなわれている。だから社会そのものが教育的にならないかぎり、学校がいかに教育的活動につとめようともだめである」
では教育的な社会とはどんな社会なのか?
「公共的な目的のためにプラニングと実験が不断におこなわれるような社会、不断に計画されてゆく社会、社会それ自体がひとつの教育機関となる、金銭的な利得のための競争的な努力の場であることをやめて、協同的に、したがって教育的になりうるような社会」
ではこのような社会を創造するために、教育は何をすべきか?
「教育は、社会の変化を生みだすことにおいて、一つの役割を、重要な一つの役割をもつものとして再調整されなければならない」
本書はJ.S.ミルが1867年セント・アンドルーズ大学に名誉学長として就任した際の講演をまとめたものである。
就任演説では冒頭で次のように教育について語る。
「教育は色々な人々によって種々様々な観点から是非とも考察されなければならない」
「多面的な問題の中でも、その最たるものが教育の問題である」
「人格の完成というその直接的な目的以外に、例えば、法律、統治形態、工業技術、社会的な生活様式等が、更に人間の意志に左右されない物理的現象、例えば、気候、風土、地理的位置等の、人間の性格と能力とに及ぼす影響などまでも含まれる」
「人間形成に影響を与えるものはすべて、つまり、現在の自己たらしめ、現在の自己からかけ離れないようにさせているものすべて」
まさに教育とは社会全般にかかわっており、人間に影響を与えるもの全てが教育に含まれるとの彼の教育観が示されている。
であるがゆえにまた、こんなことも述べている。
「教育とて、悪い教育も往々にしてあり、その結果、その悪影響を防止するために知性と意志との教化によってなしうることすべてをしなければならないこともある」
本書は、大学教育に限定してミルが語った講演を集めたものだが、そもそも彼は大学教育をどのように位置づけていたのか?
「即ち、既に到達した進歩の段階を少なくとも維持しうる、また、できることならば、それを引き上げることができるような能力を育成するために、各世代がその後継者になりうる人々に授ける教養」
「大学は職業教育の場ではない。大学は、生計をうるためのある特定の手段に人々を適応させるのに必要となる知識を教えることを目的としてはいないのである。大学の目的は、熟練した法律家、医師、または技術者を養成することではなく、有能で教養ある人間を育成することにある」
「専門技術をもとうとする人々がその技術を知識の一部分野として学ぶか、単なる商売の一手段として学ぶか、あるいはまた、技術を習得した後に、その技術を賢明かつ良心的に使用するか、悪用するかは、彼らがその専門技術を教えられた方法によって決まるのではなく、むしろ、彼らがどんな種類の精神をその技術に吹き込むかによって、つまり、教育制度がいかなる種類の知性と良心を彼らの心に植え付けたかによって決定される。人間は、弁護士、医師、商人、製造業者である以前に、何よりも人間なのである」
「大学で学ぶべきことは知識の体系化についてである。つまり、個々に独立してる部分的な知識間の関係と、それらと全体との関係とを考察し、それまで色々なところで得た、知識の領域に属する部分的な見解をつなぎ合せ、いわば知識の全領域の地図を作り上げることである。現に実在しているものすべてが種々様々な特性からいかに構成されているかを考察することである」
「というのも、全体が考慮に入れられなければ、われわれはそれらを単なる抽象として知るだけであって、『自然』の一事実として真に知ることはありえないからである」
「各部門が、われわれ人間が共有する性質を強化、高揚、純化、洗練するという人類共通の目的に到達するためには、そして、また、人間が一生を通じてなすべき仕事に必要な精神的道具を供給するためには、いかに協調し合うべきであるのか」
「人間が獲得しうる最高の知性は、単に一つの事柄のみを知るということではなくて、一つの事柄あるいは数種の事柄についての詳細な知識を多種の事柄についての一般的知識と結合させること」
「人間精神が扱うことのできる主題のなかで最も複雑なものは政治と市民社会である。それ故、一政党に盲目的に追従する人としてではなく、思慮ある人としてその双方に適切に対処しうる人になるためには、精神的、物質的生活両面の重要な事柄についての一般的な知識が要求されるだけでなく、正しい思考原理と法則によって、単なる生活体験、一科学または知識の一分野では提供しえない段階まで、訓練され、鍛え上げられた理解力が必要となる」
「われわれの学問の目的は、単に将来自らの仕事に役立つような知識を少しでも多く身につけるということにあるのではないということ、むしろ、人間の利害に深く関わるありとあらゆる問題について、何らかの知識を、しかも正確に把握するよう気を配り、われわれが確実に知っていることとそうでないことの境界線を明らかにするということにこそある」
ミルは政治や社会と総合的に向き合う実践的な判断力、思考力の育成を極めて重視していたことが分かる。
それは結局、人間がより幸福に暮らすことができるより良い社会を創造することこそ、教育の究極の目的だと考えていたからだろう。
自由主義哲学の草分けである『自由論』を著したJ.S.ミルは、1806年ロンドンに生まれた。
父親は『英領インド史』の著書ジェイムズ・ミル。
『ミル自伝』(岩波文庫)ではその父についてこう述べている。
「父は、アンガス州ノースウォーター・ブリッジに住む小商人で同時にささやかな農業を営んでいた(と思うのだが)ものの子に生まれ、少年のころに、その才能のゆえに、スコットランド財務裁判所判事の一人でファタケアンに住んだサー・ジョン・スチュアートの認める所となり、その結果、ジェイン・ステュアート夫人その他の貴婦人たちがスコットランド教会で働く青年を養成するために創設したある基金で、エディンバラの大学に入学することになった。
父はその大学で、おきまりの学科課程をおさめ、伝道師の資格を得たが、ついにその職には就かなかった。スコットランド教会にせよその他の教会にせよ、その教義を信ずることはできないという結論に達したからである」
ミルはこの父から、わずか3歳にして「天才教育」を受けることとなる。
自伝冒頭には、次のように記されている。
「このごろは、教育とか教育の改革とかが、英国の歴史上かつてなかったほどに、深くとはいえないまでも、さかんに研究されている。して見れば、私の受けた、なみはずれた異色のある一つの教育の、多少の記録を残すことは何かの役に立つかもしれない。
しかもその私の受けた教育は、他の点の結果は論外としても、世間でいう教育の普通のやり方ではまったくむだに使われているといってもよい幼少の時代に、世間一般に考えられている程度よりもはるかに多くのことを、しかも見事に、教え得るのだということを証明しているのである」
この「異色」の教育とはいかなるものだったのか?
今年行われた大統領選の結果を巡り、イランでは大規模な抗議活動が巻き起こった。
イラン政府は弾圧の模様が国外に報道されるのを恐れ、メディア規制を行ったが、その際に反政府活動家たちが活用したのがTwitter。
欧米のメディアはTwitterに流れる画像や動画などを報道したとされている。
私も遅ればせながらTwitterを始めてみた。
まだ使い方もよく分からないが、なんとなくこれまでにないコミュニケーション・ツールとしての可能性は感じる。
しばらく試しながら、徐々にTwitterについてレビューしてみたい。
我が家では玄米をよく食べる。
農薬や除草剤は糠の部分に最も残留するから、玄米を食べるとしたらやはり無農薬・有機栽培のものがお薦めだ。
さらに美味しく食べるには、やはり電気炊飯器ではなく圧力釜で炊くのが一番。
精白された白いお米よりも、雑穀や玄米のほうがはるかに栄養価が高く、健康に良いことを教えてくれたのが本書だ。
著者の大谷ゆみこは、自らの体験からこう語っている。
「便秘に悩まされていたのが、雑穀を食べるようになって身も心も爽快」
実際のデータもそれを物語る。
例えば、ヒエの栄養成分を白米と比べると、タンパク質は1・36倍、脂質は3・7倍、食物繊維は10倍、カルシウムは5・5倍、鉄分は7倍もある。
NASA(アメリカ航空宇宙局)では、宇宙食の研究開発の中で雑穀のすぐれた栄養バランスに着目している。
インカ伝統の主食作物キヌアを研究し、10年以上前に完全な栄養バランスをもったスーパーグレインとして宇宙食に指定、二度にわたって「21世紀の主食」と発表したという。
飛行機に乗る際には、必ず早めに座席指定をする。
翼の上を避けての後方窓側がお気に入りだ。
さらに羽田からの往復の際には、往き帰りでそれぞれ富士山が見える方向を陣取る。
冬は真っ白な雪に覆われて趣がある。
季節を問わずに特にお薦めなのは、夕刻時、羽田への着陸態勢に入る直前の景色だ。
関西方面からの場合、飛行機は徐々に高度を下げ、房総半島上空で大きく左に旋回する。
やはりどんな宝石も(もっとも私は宝石などのアクセサリー類には何の興味もないが)自然の美にはかなわない。
ジョン・デューイは1859年、アメリカ・ヴァーモント州で、イギリスから移住してきた開拓者の4代目の家庭に生まれた。
この年、後に彼が多々大な影響をうけたダーウィンの『種の起原』が刊行された。
宗教的な因習にとらわれず、実証的で科学的な学問が大きく花咲いていく時代にデューイは育ったのだ。
大学卒業後、1年ほどハイスクールの教師となり、その後、哲学の研究を志して、ジョンズ・ホプキンス大学の大学院に入学。
学位論文「カントの心理学」を記して助教授となるが、この当時は、ヘーゲル主義者としてドイツ観念論に傾倒したという。
しかし1890年代に入り、彼の問題意識は急速にヘーゲルから離れ始める。
そしてジョージ・ハーバート・ミード (George Herbert Mead)に強く影響され、観念の実地への適用という実証主義的・技術的な見地から、精神と行動の関係を考察するようになる。
また、個人と社会の関係を、個体と環境の相互作用という生物学的見地から考えるようになる。
こうして自ら名付けた道具主義、或いは実験主義が形成されはじめたのだ。
「知能がもつ特殊に社会的な表現、すなわちいわゆる『社会的知能』という働きには、所与の個人が、自分といっしょに所与の社会環境のなかにふくまれている他の個人たちの役割を採用する─他人たちの位置に自分自身を置く─能力をどうもっているかによって左右される」
34歳となった1894年、シカゴ大学に哲学・心理学・教育学を合わせた学部の部長として招かれる。
「観念は実際の状況のなかで使用してみなければ、その正しさを試査することもできないし、その誤りを訂正することもできないという立場から、とくに教育のことが関心をひく。つまり、教育といく過程を操作すれば人間の認識の発達や性格の発達についての実験を行うことができる」
こうした考え方のもとデューイは、生きた人間の社会生活を実験材料とする、実験室学校(Laboratory School)、シカゴ大学付属小学校を開設する。
当初、この学校は生徒16人、教師は2人のみ。
しかし、周囲の無理解や財政難とたたかいながら1898年には生徒81人にまで拡大。
この3年間の実験の報告をまとめたのが、『学校と教育』である。
この実験室学校は1903年まで続いた。
こうした彼の活動は、アメリカ資本主義の発展形態にふさわしい哲学=プラグマティズムを確立した。
それはアメリカ哲学の主流として不動の位置を占めるようになる。
教育過程を実社会の活動と密接に結び付けることで、教育を通じて社会性や公共性を培うことを目指したデューイ。
そのデューイは教育の対象である子どもをどのように捉えていたのか?
「子どもはすでにはげしく活動的」
「或る潜んでいる活動の萌芽をおとなが漸次に抽きだすために多大の注意と熟練をもって接近しなければならぬというような純粋に潜勢的な存在ではない」
子どもは大人が関わらなければ自分から何もやらない、精神的にひ弱な存在ではない。
むしろ、活動的な子どもをいかに指導していくかが教育に問われる。
「子どもが種種の事実、材料、およびそれらのものにふくまれる諸条件を認識することによって自分の衝動を実現し、そしてその認識をつうじて自分の衝動を規制するようになることは、教育的である。
これが興味をたんに刺激する、或いはほしいままにさせることと、興味を指導することによってそれを実現させるこことのあいだに存する差異であって、この差異を私は強調したいのである」
子どもの興味をどう意識的に実現させ、自分の行動を振り返らせ、より高い考察を持続させるのか。
他者との関係の中で社会的、主体的存在としてどう高めていくのか。
そのためのに彼は、教育者が関わるべき子どもの衝動(興味)を4つに分類する。
ジョン・デューイは20世紀前半、アメリカの公立学校を中心とした初等中学校教育の形成に重要な役割を果たした。
ここで紹介する『学校と社会』は、1899年、彼自らが創設したシカゴ大学付属小学校で生徒の親と学校の後援者を前に行われた講演をまとめたものだ。
「いつでもわれわれが教育上の新運動についての論議のことを考えるばあいには、これまでよりもひろい、いいかえれば社会的見地をとることが、とりわけ必要である」
「おおざっぱに『新教育』とよばれるものを、ここでひとつ、社会のより大きな変革に照らして考えてみていただきたい」
「われわれはこの『新教育』を社会の諸事象の一般的進行とむすびつけうるであろうか。もしむすびつけうるとすれば、『新教育』は、その孤立的性格をうしない、...全社会進化の重要な一部分として、不可避的なものとして、あらわれるだろう」
こうした発言にも示されるように、デューイは学校の改革は社会的変化の中で考えられねばならないと訴えた。
彼によれば、家内制手工業の時代には、家庭の各員が仕事の作業を分担しており、教育は生活の中そのものに存在した。
「秩序や勤勉の習慣、責任の観念、およそ社会においてなにごとかを為し、それが為されることを実際に必要とする或ることがらがつねに存在し、物の役に立つように行動する人間が、行動そのものをとおして育成され、試練された」
しかし19世紀後半、産業革命を経た欧米では産業形態が大きく変化した。
家内制手工業は巨大な工場にとって代わられ、産業の集中と労働の分業が飛躍的に進んだ。
「家庭と近隣から有用な仕事がなくなってしまった」のである。
先日放映されたNHKスペシャル『原発解体~世界の現場は警告する』。
最大のスポンサーである電力会社の顔色にビクビクする民放には決して製作できない、NHKならではの素晴らしい番組だった。
番組の紹介はこうだ。
いま地球温暖化対策などで、原子力発電が注目され、世界で100基の導入の準備が進んでいる。その陰で120基が寿命を迎え、相次いで解体されている事実は知られていない。
今回NHKは、知られざる原発解体の現場に初めて密着。そこでは放射線という目に見えない壁、そして解体で出る廃棄物の処分場所が決まっていない現実が見えてきた。
この難しい問題に私たちはどう向き合うのか? 世界の解体現場から報告する。
番組クルーは原発の解体現場への密着取材を敢行。
自ら被曝するリスクを覚悟しての取材だ。
ボスニア紛争が激化していたさなかの94年7月、アフリカ中部のザイール(現在のコンゴ共和国)に、隣国ルワンダから大量の難民が押し寄せた。
わずか4日間で100万人の人々が国境を越えた。
民族紛争では、救援を求める難民が同時に紛争の当事者にもなり得る。
ルワンダ難民がまさにその典型だった。
難民の中に多数の武装勢力が混じっていのだ。
難民流失の原因は、ルワンダ人口の85%を占めるフツ族と14%を占めるツチ族との対立にあった。
植民地時代にベルギーから優遇された少数派のツチ族は、独立以降、クーデターで政権掌握したフツ族から抑圧を受けていた。
やがて内戦になり、93年にはいったん和平協定が結ばれ、国連から平和維持軍も派遣されたが、94年から再び戦闘が激化していた。
4月から7月におきた大量虐殺で、80万人もの人々が殺された。
主犯はフツ族の強硬派だったが、煽動的なラジオ放送に影響を受けて多くの民間人も暴動に加わり、鎌や鉈(なた)を使って隣人たちを殺していった。
当時、国連ルワンダ支援団として平和維持軍が展開していたが、その大半は暴動の発生直後に撤退。
虐殺を止めることはできなかった。
やがてツチ族は反撃に転じ、数週間で全土を制圧する。
内戦に敗れたフツ族旧政府軍兵士たちは報復を恐れ、一般市民を率いて隣国ザイールに逃れた。
これが100万人の大量難民となった。
当時日本も、国際平和協力法に基づく初めての「人道的な国際救援活動」として自衛隊などをゴマに派遣し、医療、防疫、給水、空輸などの分野で救援活動を行っている。
冷戦崩壊後の1991年、6つの共和国で構成されていた旧ユーゴスラビア連邦からスロベニア、クロアチアが次々と分離独立。
これをきっかけとして、ヨーロッパ・バルカン半島に大規模な民族紛争が火を噴いた。
共産主義の時代、チトー大統領の独裁下で抑えられていた民族対立と独立への欲求が、冷戦終結に伴う経済危機で一気に噴き出したのである。
政治の実権を握っていたセルビア人は領土を維持しようとし、セルビア中心の連邦軍と各共和国軍が戦うことになる。
当初は『大セルビア主義』を掲げたセルビアがクロアチアを軍事的に圧倒し、多数の難民が発生。
そこに国連が乗り出し、最終的にはクロアチアの中に国連保護軍(UNPROFOR)を派遣して『安全地帯』を確保。
最終的には、多数派のクロアチア人が少数派のセルビア人を追い出して独立する。
しかし翌1992年3月、今度はボスニア・ヘルツェゴビナが独立を宣言すると、事態は一気に悪化した。
緒方貞子は、1990年12月、国連総会で第8代の難民高等弁務官に選出され、2000年末までの3期10年を担った。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、国際人道機関の一つで、特に自国を追われた人々=難民の保護と救済を専門的に扱う責務が与えられている。
予算は各国政府と民間団体の寄付で、2002年7月現在年間10億ドル、世界114カ国に286の現地事務所を有し、ジュネーブ本部と合わせて5500人が働いている。
緒方はUNHCRの任務について次のように語った。
「難民の代表なんですよ。二つの面があるわけです」
「法的な保護というよりも全体的な保護なんですよね。基本的な人権といいますけれども、いちばんの基本は、安全の保障であり、それから基本的な経済社会的権利の実現です。
それを難民というきわめて限定された状況の中でどれだけまもるかということなんですよね。守るためにはそばにいないといけない。彼らとのコミュニケーション、彼らの安心感、信頼感、それを得るためには、現場に人がいなければいけないわけです。
もう一つ、誰に対して彼らの訴えをしていくかというと、大体は政府ですよね。難民を受け入れた庇護国の政府。難民キャンプを造ろうと思ったって、ただ行ってつくれるわけじゃありませんから、その交渉から基本的な条件づくりからやらなきゃならない」
「そして追放した政府に対して問題の解決を交渉しなければならない」
「国際社会において有力な国々に、支援というものを、法的にも実態的にも財政的にもすべて訴えていく」
「この仕事につくまで、その真髄には触れたことがありませんでした」
「問題解決型の思考を非常に強めたと思います」
1962年、まさに経済成長真っ盛りのアメリカで『沈黙の春』を著し、農薬や化学物質による環境汚染にいち早く警鐘を鳴らしたレイチェル・カーソン。
「沈黙の春」とは、環境汚染により昆虫や魚が死滅し、春になっても鳥たちが鳴かない「死の世界」が訪れることを示唆している。
『沈黙の春』は当時大きな論議を巻き起こした。
農薬や化学物質の有害性を訴えたレイチェルに対し、産業界を中心に猛烈な誹謗・中傷が浴びせられた。
しかし彼女はそれに屈することなく危機を訴え続け、農薬の使用制限など様々な環境関連法の成立を促した。
映画 『センス・オブ・ワンダー』の原作は、彼女が『沈黙の春』を著す前にアメリカの若い母親のための雑誌に執筆したエッセイである。
彼女の死後、友人たちの手で『センス・オブ・ワンダー(THE SENSE OF WONDER)』と題して出版された。
レイチェルは、姪の息子ロジャーと一緒に自然の中に出かけ、「センス・オブ・ワンダー(=神秘さや不思議さに目を見張る感性)」を育むことの大切さを教えた。
映画では、アメリカ・メイン州に現存するカーソンの別荘周辺の森や海辺の美しい四季を描きながら、レイチェルやロジャーが感じたであろう自然の神秘、そこでの驚きや感動を再現している。
http://www.g-gendai.co.jp/movie/~senseofwonder/index2.html
近代化の波のなかで、都市はコンクリートとアスファルトで固められ、自然は人間からかけ離れた存在となった。
現代人は、本来誰もが持っていたはずの「センス・オブ・ワンダー(THE SENSE OF WONDER)」を失いつつある。
都会住む多くの子どもたちは、朝日が昇る、あるいは夕陽が沈む瞬間を見たことがないという。
テレビ画面が巨大化し、どれほど精度が高まろうとも、本当の自然の美しさには代えられない。
「センス・オブ・ワンダー」を完全に失ってしまえば、人類は生物種として存続できなくなるかもしれない。
わが家に設置したアイリスオーヤマの地震速報機だが、運用上気がついた点を記しておきたい。
メーカーのホームページでも明らかにされているが、受信局をNHKに設定すると全国の緊急地震速報が入る。
私はさいたま市に住んでいるから、首都圏の地震速報のみを受信するため、当初地元埼玉のFM局NACK5に受信設定した。
深夜3時頃、ふと地震速報機を見ると監視中ランプ(受信中であることを示す青いランプ)が消えている。
確認すると、NACK5の放送休止時間帯だった。
当たり前のことだが、放送休止時間帯にはFM局から緊急地震速報は発信されないから、いざという時にこの機械も動作しない。
つまり、受信するFM局はできるだけ休止時間が短いものがベターだと分かった。
ラジオの番組表を比較し、休止時間帯が少ないJWAVEに変更することに。
なお、首都圏のFM局は、緊急地震速報を震度5強以上で発信することも分かった。
http://www.j-wave.co.jp/special/eew/
気象庁の速報は震度5弱以上で発信しているが、車を運転中のドライバーが急停車するなどのリスクを勘案して、FM局は震度5弱以下では発信しない。
この点についても留意しておいたほうがいいだろう。
ところで、地震予知を行っている「特定非営利活動法人 大気イオン地震予測研究会e-PISCO」では、「首都圏大地震は9月中旬以降」との警報を出している。
http://www.e-pisco.jp/index.html
地震予知技術が確立されているとは思わないが、それでも過去の大地震では数々の予兆現象が現れたことは確かだ。
もちろん、そのほとんどは地震後に「そう言えばあの時・・・」と事後確認したものだろう。
とは言え、地下で巨大なエネルギーが放出されるのに伴い、様々な自然現象が起きても不思議はない。
「備えあれば憂いなし」の気持ちが大切だろう。
フランスの哲学者ポール・リクールは次のように語った。
「人の苦しみはそれを見た者に義務を負わせる」
残念ながら、欧米諸国の多くはこの義務を果たしてこなかった。
アフリカ中部ルワンダで起きた歴史的事実をもとに、欧米の掲げる「民主主義」や「人権」の欺瞞を告発したのがこの映画だ。
1994年ルワンダでは、ツチ族とフツ族が対立し、血で血を洗う武力衝突が勃発した。
フツ族の過激派は、ツチ族を皆殺しにせよとラジオ放送などを通じて民兵を煽り、女性や子どもを含めて無差別の殺戮を開始。
こうした暴力に反対するフツ族の穏健派を含めて、なんと120万人以上が虐殺された。
こうした極限的な状況の中、自らはフツ族で、ツチ族の妻をもつポール・ルセサバギナ(Paul Rusesabagina)は、苦悩しながらも英雄的な行動を貫く。
人間の知とは何か、それがいかなるしくみやはたらきを持つのか?
この問いへの回答を学際的に探究しようとする科学は、ヨーロッパ哲学の流れとは相対的に別個に、アングロ・サクソン系の経験科学を出発点として発展してきた。
これが今日、認知科学と呼ばれているものである。
もとより認知科学というカテゴリーは1970年以降に登場したものであり、その内容的規定をめぐっては様々な立場が存在している。
ここではまず、認知心理学者の一人ハワード・ガードナーの認知科学に関する定義を踏まえたい。
ガードナーは認知科学により、西欧哲学の系譜にある認識論上の哲学的諸命題と対質しようとしている。
「私は認知科学を次のように定義する。すなわち、認知科学とは、永い年月を経て問われてきた認識論上の問題に答えようとする、経験に基礎をおいた現代的な試みであり、特に、知識の性質、その構成要素、その源泉、その発展と利用にかかわるものである」
先日テレビ東京の番組で、人工知能について特集を組んでいた。
しかしそこで取り上げられている人工知能は、パソコンに毛の生えた程度のものでしかなく、とても知能と呼ぶには程遠いものでしかなかった。
例えば、コンビニの空調や照明の調整を、時間帯や気温、日光の照射などの情報をもとにして自動的に調整する機能。
果たしてこれを司るのが「人工知能」と言えるだろうか?
私から言わせれば、センサーの数や種類を増やし、プログラムを少し複雑にしただけの話で、知能と呼ぶには程遠い代物でしかない。
では一体、知能とは何なのか?
膨大な情報を物凄いスピードで処理しているコンピュータは、あたかもそれらの情報をもとに推論や帰納を行っているかのように見える。
しかし、実はそこでの情報処理はあらかじめプログラムされた定理と条件を使って演繹的推論を利用しているに過ぎない。
ゆえにどれほど高度なスーパーコンピュータでも、プログラムがカバーできる範囲での、つまり定理が正しいという前提においてしか情報に対応できない。
本来の人工知能とは、こうした既存のコンピュータの限界を突破するものでなけば意味はない。
これこそAI(Artificia Intelligenc)開発の目標のはずだ。
『知のエンジニアリング―複雑性の地平』の著者橋田浩一は、本来のAIで問題にされていることを次のように語る。
「特定の用途や文脈に限定されないシステムに関する工学または科学」
分かり易く言えば、映画『2001年宇宙の旅』に登場するスーパーコンピュータHAL9000を本当に開発できるのかを問題にしているわけだ。
HAL9000は自意識を持ち、人間に反乱を試みる。
まさに人間と同じ知能を持つ存在として描かれていた。
間もなく9月11日。
2001年のその日、世界は衝撃に包まれた。
ニューヨークの世界貿易センタービルやペンタゴンに旅客機で突っ込む、前代未聞の同時多発テロが起きたのだ。
このテロを機に、怒れるアメリカは雪崩をうつようにアフガン空爆からイラク戦争へと突き進んだ。
そのブッシュ政権のなかで強い影響力を持ったのがネオコンである。
本書は、彼らの思想的、人脈的なルーツを解き明かすと共に、イデオロギー的には「理想主義」でありながら、政治的には「現実主義」に徹するがゆえのその危険性を指摘した。
ネオコンもビンラディン氏らもいくつかの面では奇妙に似通っている。
どちらも防衛のために先制的に敵を叩くという戦略では共通している。「アメリカ型民主主義」か、「イスラム急進主義か」の違いはあれ、武力を伴って自らの「主義」(イズム)に基いて世界を染め上げようという点も同じだ。
さらに両者とも、その「主義」については徹底して非寛容である。
ネオコンもビンラディン氏のグループも小さな「セクト」に結束して世界を語り、外野の異論が高まるほどその内部結束が強固になるという性格を持つ。
自らの卓越した先見性と優秀さを確信し、支持者の頭数など二の次である。これはある種のロシア革命を牽引した「ボルシェビズム」の変形なのかもしれない。
『ネオコンの論理』(光文社)の著者ロバート・ケーガンは、ブッシュ政権の外交政策を先導したシンク・タンク『アメリカ新世紀プロジェクト』(PNAC)の思想的支柱を務めた論客だ。
PNACの発足にあたって、ブッシュ政権のチェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官、アーミテージ国務副長官、ウルフウィッツ国防副長官などの閣僚が発起人に名を連ねたことを考えれば、ケーガンがどれほどブッシュ政権に影響力を与えたのかよく分かる。
本書のベースとなった論文は9・11テロ後、『力と弱さ』と題されてヨーロッパ向けに発表された。
その内容に衝撃を受けた当時のプローディ欧州委員会委員長が、EUの全官僚に必読文献として回覧を命じたほどだ。
本書を一読すれば、ブッシュ政権がなぜ国連を無視し、全世界の反対の声を踏みにじってイラク戦争に踏み切ったのかが良く分かる。
その主張は余りにも単純明快だ。
全世界の秩序を守るためには、アメリカの圧倒的な軍事力が不可欠なこと。
同時に圧倒的な軍事力を持っているがゆえに、アメリカとそれ以外の国とでは、「脅威に対する認識」が異なっていると主張している。
「はじめに」では次のように語る。
「ヨーロッパは軍事力への関心を失った」
「歴史の終わりの後に訪れる平和と繁栄の楽園、十八世紀の哲学者、イマヌエル・カントが『永遠平和のために』に描いた理想の実現に向かっているのだ」
「これに対してアメリカは、歴史が終わらない世界で苦闘しており、十七世紀の哲学者、トマス・ホッブズが『リバイアサン』で論じた万人に対する万人の戦いの世界、国際法や国際規則が当てにならず、安全を保証し、自由な秩序を守り拡大するにはいまだに軍事力の維持と行使が不可欠な世界で、力を行使している」
昨日の緊急地震速報は誤報だったが、とは言え、いい防災訓練になった。
強い揺れが来る前に、最低限何をすべきかを事前訓練できたし、何よりも心構えができる。
突然揺れに襲われるよりも、あらかじめ覚悟していたほうがパニックにならないし、例えば熱湯や油など、危険なものから離れることが可能だ。
昨日はたまたまテレビをつけていたし、携帯のエリアメールもアラートが鳴った。
しかし、私が家にいない時やテレビをつけていなくても緊急地震速報を受信できればそれにこしたことはない。
しかしこれまで、専用の機械とサービスは極めて高額で、普通の人が気軽に導入するわけにはいかなかった。
それを打破する画期的な商品が開発された。
アイリスオーヤマ 地震速報機 EQA-001だ。
7000円前後の機器を購入すれば、以降のランニングコストはほぼただ同然。
これは素晴らしいと早速アマゾンで注文した。
8月15日を前後して戦争を巡る様々な報道番組が放映された。
そのなかには、マスコミの戦争責任を問い直す番組もあった。
言うまでもなく戦争中、朝日や読売などのほとんどのマスコミは翼賛体制に迎合し、大本営発表を垂れ流しながら戦争を煽り続けた。
まさに国民を積極的に戦争に動員する役割を果たしたのだ。
彼らは戦後、それを深く反省したはずだ。
しかしながら、イラク戦争報道において同じ過ちを繰り返した。
こう指摘するのは、作家の辺見庸だ。
彼は『抵抗論』(毎日新聞社)Ⅲ章の「実時間の表現」のなかで、2003年4月24日付朝日新聞朝刊で取り上げられたイラク戦争報道を巡る記事を取り上げている。
この記事のテーマは、「『進攻』か、『侵攻』か。米英軍がクウェートからイラクに攻め入った地上戦をめぐり、日本の新聞各紙や通信社は言葉の選び方が異なっていた」との内容だった。
かって辺見が勤めていた共同通信は、米地上軍がイラクへ侵略を開始した事実を、4月21日付朝刊用に配信した。
その記事の見出しは「米軍がクウェートから進撃」とされた。
その理由について辺見の元同僚である編集局次長はこうコメントした。
「『侵攻』か『進攻』かは、世論を二分している問題で、価値判断を伴う言葉を配信先に押しつけるのは不適切と判断した」
辺見はこのコメントに激しく憤っている。
5年以上使用していた携帯デジカメに代えて、新しい機種を購入した。
これまでの機種は、画質に別段不満はなかったが、3倍ズームしかなく構図が限定される。
これなら携帯電話のデジカメ機能とあまり大差ないのである。
最近の携帯のデジカメは画素数もかなりのもので、私が使用している機種だと広角29mmでフルHD撮影も可能だ。
シーンによっては古いデジカメよりもいい写真が撮れる。
そこで新規機種には高倍率ズーム搭載のものを考えた。
とは言え、一眼レフ用の本格的なレンズセットは既に持っているから、とにかく持ち運びに便利で気軽に使え、なおかつコストパフォーマンスが高いものを探した。
家電量販店の店頭で実際に手に取り色々悩んだあげく、PENTAX X70をネットで購入。3万円台前半の値段で、基本スペックは以下の通り。
焦点距離26~624mm相当、F2.8~5の24倍ズームレンズ搭載。
撮像素子は有効1200万画素の1/2.33型CCD。
ハイエクは『問題の性質とその歴史』において、社会主義で問題となるであろう次のような点も指摘した。
「たとえ、生産資源の共有が、個々の資源単位が使用されるべき目的とその使用の方法とを競争的に決定することと、両立しうるとしても、われわれはなお、資源の一定量を社会のために処分する機能をもつのは誰であるかの問題、あるいはどれだけの資源が種々なる『企業家』に任されるべきかの問題は、一個の中央当局によって決定されるべきであろうと仮定しなければならない。これは共有の観念と両立しうる最低の仮定であり、共同体をして生産の物的手段から生まれる所得に対する支配権をなお留保せしめうるための最小限度の中央指導であるように思われる」
つまりどれだけ分権化され、機能的に組織されようと、そしてまた市場や貨幣経済を導入しようとも、社会主義である以上は必ず経営上の権力や権限が行政的に決定される余地が残るというわけだ。
だとすればその場合、経済的な合理性を追求するインセンティブが充分に形成されうるのか? これがハイエクの突き出した問題である。
経済計算を巡る議論に対して、従来の多くの左翼は、往々にして議論のレベルをすり変えようとしてきた。
いわく「ブルジョア的な私的所有制度に呪縛されているから、計画的な生産や消費が不可能だと考えるのであって、社会的な富がすべての労働者のものであり、分配が公正に行なわれるならば、必ず目的意識的な経済運営は可能なのだ」と。
こうした議論に対するミーゼスの批判は示唆に富んでいる。
「カール・マルクスおよびその正統的支持者たちのそれを含むすべての社会主義体制は、社会主義社会においては、特殊と一般との利害の衝突が全く起こり得ないという仮定から出発している」
「彼らは社会主義共同体国家を『無上命令』(終局的道徳律としての良心の命令―訳注)の基礎の上にのみ、構成し得ると信じている。彼らがこのような仕方に如何に気軽に進む習性を持っているかは、カウツキーが次のように述べる時、最もよく示されている。『社会主義が社会的必然だとすれば、社会主義と人間性質とがもし衝突したとした場合に、自己を調節しなければならないものは、社会主義ではなくて、人間性質であろう』。これは愚かな空想主義以外の何ものでもない」
カウツキーだけでなく、当時の社会主義者のほとんどが、こうした極端な設計主義的志向を持っていたことは想像に難くない。
しかし資本主義を道徳的、倫理的に批判するだけでは、合理的な経済運営を実現することはできない。
続きを読む: 社会主義経済計算論争(3)ポランニーの機能的社会主義
1917年にボルシェビキ政権がロシアに誕生し、歴史上初めて「社会主義」を掲げた国家が成立した。
産声をあげたばかりのロシア社会主義を押しつぶそうと躍起となったヨーロッパ各国は、革命圧殺を目的に内戦に干渉し、おびただしい赤軍兵士の血が流され、戦時経済によってロシアは疲弊していった。
こうした厳しい状況のなかで戦時経済体制を続けたロシアは、1919年にブレスト講和を締結し、以降レーニン指導下で新経済政策(NEP)を採用する。
リアリストだったレーニンは、市場経済を再導入して労農同盟を維持する必要を感じていたのだ。
しかし、政治的感覚においては優れていたレーニンも、理論的にはあくまでも社会主義計画経済に固執した。
一方ロシアの経済学者ボリス・ブルツクスは、1920年8月ペトログラードで開催された学者の集会で、社会主義下では合理的な経済計算は不可能だとする演説を行ない、22年には雑誌『エコノミスト』で発表した。
残念ながら間もなくこの雑誌はボルシェビキ政権に弾圧され廃刊に追い込まれ、ブルツクス自身もレーニンの指示によって国外追放されてしまう。
歴史上初の社会主義国家だったソ連邦は、成立からわずか70年余で崩壊した。
ソ連邦の崩壊は、明らかにその下で生活していた人々が、社会主義体制に希望も喜びも見出すことができず、三行半を突きつけたことによって起きた。
それから既に20年近く経過した今日もなお、「社会主義」を政治的信条として掲げている人々がいる。
しかし社会主義を巡る問題は、経済的なリアリティを抜きにして語ることはできない。単なる信仰告白では済まされないのである。
その意味で、ロシア革命直後からヨーロッパの経済学者、社会主義者のなかで行なわれた「社会主義経済計算論争」は、今日的にも非常に示唆に富む視点を突き出している。
この論争に関し、日本の左翼はほとんど関心を示してこなかった。それはまさに、日本における左翼運動の大きな限界だったと言えよう。
『原典 社会主義経済計算論争』(ロゴス社刊)を参考に検証してみたい。
続きを読む: 社会主義経済計算論争(1)計画経済を批判したミーゼス
民衆の抵抗権、革命権を重視する立場から、アメリカの独立時には、民兵制か常備軍かを巡る議論が活発に行われた。
国家の自衛権や常備軍の是非を論議するならば、それが民主主義社会にとって本当に必要なものなのか? 必要だとすれば、それが民衆抑圧に転化しない保障措置をどうやって講じるのかをきちんと論議すべきだ。
少なくとも建国時のアメリカにおいては、こうした議論がかなり突っ込んで行われたのである。
例えばヴァジニア権利章典では次のように述べている。
「武器の訓練をうけた人民の団体よりなる規律正しい民兵は、自由な国家の適当にして安全なる護りである。平時における常備軍は、自由にとり危険なものとして避けなければならない。いかなる場合においても、軍隊は文権に厳格に服従し、その支配をうけなければならない」
常備軍は政治権力によって民衆抑圧に使われる危険性が高く、主権者たる民衆自身による組織的統制のとれた民兵制度こそが民主主義にとってふさわしいと考えていたわけだ。
しかしながら、アメリカ独立時のこうした考え方は、独立戦争を経て、1788年の連邦憲法制定までの過程で徐々に変化していく。
世界ではじめて作られた成分憲法は、1776年から1789年にかけて制定されたアメリカ諸州の憲法だ。
イギリスの大陸支配に抗して1776年7月4日に発せられたアメリカ『独立宣言』では、次のように謳った。
「長く存続した政府は、軽微かつ一時的な原因によっては、変革さるべきでないことは、実に慎重な思慮の命ずるところである。したがって、過去の経験はすべて、人類が害悪を堪えうるかぎり、彼らの年来従ってきた形式を廃止しようとせず、むしろ堪えようとする傾向を示している。
しかし、連続せる暴虐と簒奪の事実が、明らかに一貫した目的のもとに行われ、人民を絶対的暴政のもとに圧倒せんとする企図を明示するにいたるとき、そのような政府を廃棄し、みずからの将来の保安のために新たなる保障の組織を創設することは、彼らの権利であり、また義務である」
近代市民社会は基本的に法律に定められた契約関係、権利・義務関係のなかで成立している。
これが何人にであろうと公平・公正に適用されることが、社会的正義の実現と合意形成にとって不可欠だ。
法治主義のもとでは、政治権力が恣意的に法律を運用し適用することは許されない。
ましてや、個人の精神的な領域での善悪や好悪にまで権力が口出しすることは、「内心の自由」を脅かすパターナリズムの弊害として厳しく排斥されるべきだ。
J.S.ミルは主著『自由論』において、パターナリズムの弊害について実に示唆に富む指摘を行っている。
戸坂と対照的なのは、梯明秀の西田評価だ。
梯は、1937年『学生評論』に、その名もズバリ「西田哲学を讃ふ」と題した評論を掲載。マルクスの『経済学・哲学草稿』を西田に紹介したのも自分であると主張していた。
梯は当時の左翼の哲学について次のように批判していた。
「甚だ多くの唯物論者が行為的自己の哲学的自覚を怠って、ただ知的自己の立場から物を言ってゐる」
そして「対象の認識といふことは、実在の影像でなくして生命の表現でなければならない。ここに知識の客観性があるのである」との西田の主張を評価し、これを「媒介的、批判的に摂取する」ことによって「唯物論者が知ると言ふとき、それは実践的に認識することであり、身をもつて分析すること」ができる哲学体系を創造しなければならないと主張したのだ。
「ミイラとりがミイラになった」三木とは違い、最後までマルクス主義者としての実践的立場を貫いた戸坂潤は、西田哲学を当時の世界的な思想状況のなかでは評価しつつも、マルクス主義哲学の立場から徹底的に批判した。
1933年に『唯物論研究』で発表した「『無の論理』は論理であるか?」では、次のように西田哲学批判を展開している。
戸坂はまず、西田が『善の研究』における「純粋経験」を発展させた「場所の論理」「無の論理」を整理する。
「観念論的弁証法でも唯物弁証法でも、何かノエマ的に観念とか物質とかいふ有(存在)を置いて、そこで弁証法が成り立つたと見てゐるのであるが、さういふ有の論理では弁証法的矛盾は考えられない。本当の弁証法は、有が直ちに無に裏づけられてゐる、生即死、死即生といふ点にしか考へられないのだ、無の論理によつてしか考へられない、弁証法は自覚に依つてしか考へられない」
大東亜戦争を肯定した西田の政治的立場もあり、戦前多くの左翼思想家たちは西田哲学への批判を試みた。
しかし三木清などに見られるように「ミイラ取りがミイラになる」、つまり西田哲学のプロブレマティークに包摂され「転向」していく思想家達が数多く生み出された。
そこには、当時の左翼思想が総体として抱えていた本質的問題が横たわっていた。
これについて久野収は、『批評空間』第Ⅱ期第4号での柄谷行人、浅田彰との対談のなかで端的に述べている。
「当時の哲学科左派の唯物論だと、根源的な矛盾を含んでいるわけです。認識論のほうから言えば、はなはだ受動的で、人間の意識が鏡になって物の実相を映すという模写論だけれども、実践論のほうから言えば、環境や人間を操作し、干渉して真理を暴き出し、さらには外界と内界を積極的に変革する方法になるでしょう。
マルクスにもエンゲルスにも両方の要素があって、本当の統一は、各人にまかされているのではないか。それで、認識論中心派の、認識を実践に機械的に適用して成功させる、認識論としての弁証法とか、哲学のレーニン的段階とか言って、ソ連型マルクス主義を金科玉条として仰ぐ人たちに対して、京都の哲学者もマルクス主義者も、その問題でたいへん苦労をさせられていた。
それで、主体と客体との関係とか、主体と主体との間柄的、場所的関係とか、認識論としての模写説と実践論としての変革説とが一見矛盾するように見える関係をなんとかつなぎ合わそうとして、三木清、戸坂潤、船山信一、梯明秀にしても、みんな苦し紛れの綜合主義、統一主義の方向を打ち出す」
まさに、その苦し紛れの綜合主義、統一主義がいかなるものであったのか、そして西田哲学はかれらのその思想的営為にいかなる影響を与えたのか、以下概観してみよう。
「純粋経験」を基本的概念としながら、西田は第二編では「実在」、第三編で「善」について、そして第四編では「宗教」について論を進めていく。
第二編ではまず、「実在」についてこう語る。
「実在とはただ我々の意識現象即ち直接経験の事実あるのみである」
「普通には主観客観を別々に独立しうる実在であるかのように思い、この二者の作用に由りて意識現象を生ずるように考えている。従って、精神と物体との両実在があると考えているが、これは凡て誤である。主観客観とは一の事実を考察する見方の相違である、精神物体の区別もこの見方より生ずるのであって、事実其者の区別でない」
西田は明確に主客の二元的対立図式を批判する。
それでは、この二項対立をいかに止揚するのか。
『善の研究』の第一編で西田が展開する「純粋経験」こそ、近代主客図式を克服せんとする西田哲学の最重要の基礎概念だ。
西田は、西洋的な「有の哲学」に「無の哲学」を対置しようとした。
その背景について下村寅太郎は次のようの述べている。
「『善の研究』の、やがてまた西田哲学一般の基礎には禅的体験がそれの重要な思想動機の一つとして存するように思われる」
実際、西田は金沢時代の十年間、休暇となれば常に禅堂において打坐し、「打坐越年」が当たり前だった。
家庭で正月を迎えたことなど殆どなかったと言われている。
明治から昭和にかけて、日本思想界に最も大きな影響を与えた思想の一つは西田哲学であろう。
戦前マルクス主義者だった戸坂潤は、1933年に執筆した『現代のための哲学』において次のように紹介している。
「この哲学(故左右田博士は之を西田哲学と名づけた)は、単に我が国だけに於ける代表的な哲学であるばかりではなく、公平に云って、世界的水準から云っても、指導的な位置を占めると云って好いだろう」
「欧州の、又は主に独乙の、所謂哲学と名の付く哲学が、或る根本的な理由から、全く行きづまって了っている今日では、そして『ハイデッカー』や『ヘーゲル復興』の名を聞いて、溺れる者が藁を掴むように、之にしがみつこうとしている今日の国際的哲学界に於ては、西田哲学の展開と前進とはいよいよこの哲学の優越性を高めねばならないわけである」
これだけの影響力を有した西田哲学だが、戦争中天皇を頂点とする国体と大東亜戦争を肯定する体制翼賛イデオロギーとなったことで、戦後の日本思想界においてはほとんど内容的な再検討を経ないまま放置された。
100万部を超えるベストセラーとなった『日本語練習帳』(大野晋 岩波新書)。
発売当時の朝日新聞に、著者は次のように記した。
「いわゆる『日本語教本』は著者が一方的に語り続けて、著者自身が自分にも難しい事柄を幅広く、これも大事これも重要と繰り出して行き、読者に対応しきれなくさせていることはなかろうか」
「私は語りかけて答えを交わすという形式によって、日本語についての読者の素朴な『知の力』を本当の意味で開花させようとした」
「誰でも知っている、分かっていると思っている言葉について、その理解がどんなに不確かであったかを自分から気づくようにと書いて行った」
日常の感覚から、日本語について学び直すことができる面白い本だ。
続きを読む: 『日本語練習帳』言葉は文化や社会規範と一体のもの
航空の世界では「クルー・コンセプト」の概念が極めて重視される。
「個々のパフォーマンスではなく、コックピット内のマシンとクルーすべての組み合わせから生まれるパフォーマンス(トータル・パフォーマンス)を中心にして考える」
「機長がいかに優れた技量の持ち主であったとしても、他のクルーの技量をうまく発揮させることができなかったり、あるいは活用することができなかったら、フライト全体のパフォーマンスはその機長一人分のパフォーマンスを超えることはない」
言うまでもなくこのコンセプトの前提は、個々のクルーメンバーには「クルーメンバーとして必要十分な『基本的技能と知識』が備わっている」ことだ。
いくらクルーのリソースを引き出そうにも、そもそも個人レベルでのリソースの蓄積がなければクルー・コンセプトは「絵に描いた餅」にしかならない。
その上で以下のアプローチをする。
「一人の人間の能力にはどうしても越えられない限界があり、その限界を乗り越えるための最も有効な手だての一つが、複数の人間によってチームを組むことなのです。そして、そのチームのトータル・パフォーマンスを高めるために、個人個人が一体どんな考え方をして、どんな行動をとればいいのか」
1977年3月27日、スペイン領テネリフェ島にあるロスロデオス空港で、史上最悪の航空機事故が発生した。
離陸しようとした253人の乗客を乗せたKLMオランダ航空のジャンボ機が、378人の乗客を乗せたパンアメリカン航空のジャンボ機と滑走路上で衝突、583人もの乗客、乗員が死亡した。
世界の航空機事故は、テクノロジーの飛躍的な進歩によって1975年頃までには大幅な減少率を示したが、その後はほぼ横這い状態となっている。
航空機事故の原因究明作業を行ってきたIATA(国際民間航空輸送協会)は1988年に、航空機事故の内の約80%が、コックピットクルーの行動とパフォーマンスにその要因があるとの調査研究報告を出した。
しかもその80%の中には、コックピットクルー個々の知識や技量には関係なく、しかも機材などに致命的な不具合が無いにもかかわらず起こってしまったケースが数多く含まれていることが明らかとなった。
どんな組織であれコミュニティであれ、人間の協働が成立する場所には、必ずリーダーシップが求められる。
組織を活性化させるリーダーシップとは何か? その問いは様々な企業で問題とされ、書店などでもハウツー本が山積みだ。
『機長のマネジメント』(村上耕一 斉藤貞雄 共著 産能大学出版部)は、旅客機のコックピットにおけるリーダーシップの在り方、クルー同士の人間関係などをトータルに検証する興味深い内容だ。
言うまでもなく、何百人という乗客の生命を預かってジャンボなどの大型旅客機を操縦するパイロットは、職業的に最も高度に訓練され、たった一度の失敗も許されない責任を背負って働いている。
本書が描くクルー・リソース・マネジメント(CRM)は、この過酷なストレスのなかで極めて高度な技能を必要とされるパイロットたちが、いかにしてチームワークを保ちながらヒューマンエラーを克服するのかを課題とするもので、一般の企業運営などにも導入されている。
第81回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した映画『おくりびと』。
遅ればせながら観たが、「死と生」や家族の絆を時にシリアスに、時にコミカルに描いた秀作だ。
今さらありふれた映評を記しても意味がないので、映画で描かれた「納棺の儀」について私なりに考えたことを記そう。
主人公の本木雅弘がまるで「天職」であるかのようにはまりこんでいく納棺士の世界。
遺体に丁寧に化粧までしてあの世に送り出す儀式を残された家族の目の前で行う。
その一挙手一投足は、故人を想う家族の愛情、惜別の念を凝縮するかのように、極めて日本的な様式美で溢れている。
私はこの映画を観ながら、かつて御巣鷹山に墜落した日航ジャンボ機の遺体検視に当たった検視官の言葉を思い出した。
詳しい記憶は定かではないが、十年以上前にラジオ番組かなにかで聞いた覚えがある。
ひょっとすると『墜落遺体―御巣鷹山の日航機123便』の著者飯塚訓氏の話だったかもしれない。
原爆投下で生みだされた大量の「死の灰」。
これが原爆投下から60年以上たった今でも細胞の中で放射線を出し続け、内部被曝の原因となっている様子を、長崎大学の研究グループが世界で初めて確認した。
「構造改革」の名の下に、消費税が大幅にアップされようとしている。
税金の無駄遣いは一向に減らず、国と地方自治体の借金は1000兆円を超えている。
そのしわ寄せが、私たちの日々の生活にさらに重くのしかかってくる。
そんな現実を前にただ嘆いたり、ぼやいたりしているだけでは意味がない。
自分たちの手で新しい経済と暮らしの在り方、人と人とのネットワークを創り出せないか?
小泉構造改革と並行するかのように全国に広がった地域通貨は、こんな問題意識から生まれてきた。
本書では、ゆっくりではあっても確実に、全世界の様々なコミュニティーで普及しはじめている「地域通貨」について、わかり易く解説している。
科学から価値は生まれない
分子遺伝学に基づくモノーの見解では、生物における合目的性は、生物のもつ複製の不変性から派生する第二次的な特性である。
現在の世代のもつ構造を次の世代へと正確に複写すること、ただそれだけが生物の目的なのである。
だとすれば、進化と考えられているものは、本来正確であるべきその複写過程で生じたバグ=「まったく盲目的な偶然のなせる業」にすぎないことになる。
この概念は、多くの宗教的イデオロギーや哲学体系を根底から脅かすとモノーは指摘する。
生物の進化は偶然性の連続
ダーウィンが『種の起源』で進化論を提起する以前、ヨーロッパではキリスト教的世界観、人間観が支配的だった。
この世界は神の創造したものであり、生物も人間もすべての存在は自ずから神の意志、目的に沿ったものとして意味付けられていたのだ。
当然にも、様々な動植物が存在する自然界のピラミッドにおいて最高位に位置するのが人間存在であり、人間が他の生物と異なって人間である所以は、神によって与えられた、デカルト的な精神(=生得観念)をもっているからとされた。
こうしたキリスト教的世界観においては、歴史は「神の王国」へと至る進歩と発展のプロセスであり、明確な合目的性を有したものとして考えられたのである。
生物とは何だろうか?
そもそもこの宇宙のなかで生物はいかなる存在として規定すればよいのか?
現在のところ地球外生命体は発見されておらず、生物はこの地球上でのみ観察されている。
問題は、普段何気なく私たちが下す「これは生物、これは生物ではない」との判断の根拠だ。
例えば一定の条件のもとで変化し結晶構造(規則性や連続性)を持つにいたる岩石と、ごくミクロのレベルで細胞分裂を繰り返す細菌をどうやって区別するのか?
表面的な現象としては極めて似ているが、なぜ前者は生物ではなく、後者は生物だと判定できるのか?
この問いに答えることは意外に難しいとモノーは問題提起する。
現代生物学が投げかけた問い
副題に「現代生物学の思想的な問いかけ」と記されたジャツク・モノー著『偶然と必然』(みすず書房)。
1970年にフランスで刊行されるやいなやベストセラーとなり、生物学の領域だけでなく、哲学界や宗教界をも含めた一大論議を巻き起こした現代生物学の名著だ。
1965年に「酵素とウィルスの合成の遺伝的制御の研究」でノーベル医学生理学賞を受賞したモノーは、現代生物学における当時の専門的な知見を駆使しつつ、科学やイデオロギー、そしてより根本的には人間存在そのものへの深い哲学的洞察を行った。
樋口健二は1937年、長野県富士見町に生まれた。
東京総合写真専門学校を卒業し、その後同校の助手を経てフリーカメラマンに。
この写真集には、1973年から1995年までに日本各地の原発建設地(予定地も含む)で撮影した写真が収められている。
それはまさに、日本の原発史の真実の姿をあぶり出すものだ。
続きを読む: 樋口健二写真集『原発』 隠された被曝労働者
続きを読む: 『祝島賛歌』スナメリが泳ぐ美しい海に上関原発はいらない
形而上学的合理主義は圧政を生む
かつてのソ連邦のようなスターリン主義国家のみならず、「自由と民主主義」を標榜している社会においても、なにゆえ権威主義的な一元論が支配的となりつつあるのか?
バーリンは1953年にロンドンで行った講演記録「歴史の必然性」のなかで、「一般に現代思想において二つの強力な主義・学説は、相対主義と決定論である」と指摘し、この二つの主義・学説の持つドグマに対して自覚的にならなければならないと強調した。
20世紀における思想の危機
イギリス経験論の流れを継承する現代の政治哲学者、アイザィア・バーリン『自由論』(みすず書房)は、20世紀の思想と文明を根底的に捉え返そうとする名著だ。
ここでバーリンは、形而上学的な歴史の必然論や一元論、あるいは科学主義的な真理観を拒否し、人間にとって真理とは何であり、そして価値とは何か、自由とは何かを深く洞察している。
カシミール地方は、インドとパキスタンが長年にわたって領有権を争っている紛争地域。
インド領であるジャンム・カシミール州にはインド政府が大規模な治安部隊(主に国境警備隊など)を派遣している。
治安部隊は、この地域に住むイスラム教徒の男性を連行し、多くの男性が行方不明だ。
残された妻たちは未亡人となることもできず、「ハーフ・ウイドー(半未亡人)」と呼ばれる。
深刻化する地球環境破壊、旱魃や洪水などの自然災害の増加、増大する地球人口、食糧と水の絶対的不足・・・
今後ますます世界は不安定となり、各地で紛争や内戦が多発していく危険性がある。
本書は、無辜の市民が犠牲となっていく悲惨な現実から目を反らさずに、私たちに何が出来るのかを問い続けようと提起している。
その意味では、日本の反戦・平和運動が掲げてきた一国平和主義、絶対平和主義を真剣に問い直し、どのように発展させていくべきかを問題提起している。
『炉心融解』と題した歌が若者の間で流行っているらしい。
「核融合炉にさ 飛び込んでみたい と思う」とのショッキングな歌詞だ。
スリーマイル、そしてチェルノブイリと二度も人類が体験した原発の炉心融解事故。
この二つの事故の恐怖を実際に体験したわけではない若い世代は、実用化の目処すら立たない核融合炉にどんなイメージを抱いているのか?
2006年6月に発表された「インターネット白書2006」では、日本のインターネット人口は7300万人を突破、一般家庭におけるブロードバンド普及率は41・4%に増加したと報告された。
3年前ですらブログに対する認知度は98・6%、認知している人のうち25・3%が自からブログを公開していた。
当時爆発的に普及しつつあるネット社会に関して極めてポジティブな主張を展開してベストセラーとなったのは、梅田望夫の『ウェブ進化論-本当の大変化はこれから始まる』(ちくま新書)だ。
しかし最近梅田は、こうしたネットに関する楽観的な未来像は、日本では実現しなかったと感じているようだ。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0906/01/news045.html
自ら取締役を務めるはてなに関してこんな発言をして批判を浴び炎上している。
「はてブのコメントには、バカなものが本当に多すぎる」
市場原理主義の限界
ハイエクの中心的な問題意識は、初期のイギリス経験論を引き継いでいる。
王や教会権力による一元的な善の押し付け、あるいは経済活動への規制や介入に思想・信仰や経済活動の自由を対置し、それが人間の幸福に結びつくはずだと考えたわけだ。
ゆえに彼は「自生的秩序」としての市場経済に全面的に依拠する。
しかし過度な市場経済の礼讃は、特定の大資本や階級による極めて一元的な社会支配を容認することにつながる。
利己性と公益性
岩波書店『哲学小辞典』は、利己主義(egoism)に関して次のように解説している。
「(1)もっぱら自己の利益のみを大切にして、他人の利益を自分の利益に従属させ、万事をこの観点から判断する態度。(2)個人の利益から出発して道徳の観念や原理を説明しようとする倫理説」
功利主義の倫理説は後者に属し、また「利己主義的倫理説は必ずしも(1)の意味の利己主義を主張するものとはかぎらない」とも指摘している。
この映画は、当時軍事独裁政権に抗し民主化を求めて立ち上がった民衆の戦いを、史実に基づいて描いている。
ゆえに冒頭、「この映画は全て真実です」とテロップが流れる。
イギリス経験論の系譜
『市場・知識・自由』では、ハイエクの問題意識はイギリス経験論の系譜に位置することが明らかとなる。
「設計主義的合理主義」の限界
世界的金融危機のなか、フリードマンなどに代表される「新古典派」が主張してきたネオ・リベラリズムへの批判が強まっている。
国家が出来るかぎり経済過程に介入することは避け、市場原理にまかせて自由な競争を行うことが経済の発展につながるとするネオ・リベラリズム。
市場原理主義では政府の役割放棄にしかならず、格差や貧困は放置されるだけだ。
しかし、そこから市場経済そのものまでも串刺し的に否定することは間違っている。
過度な自由主義が大きな問題を抱えていることは言うまでもないが、だからといって市場経済を否定しても問題は解決しない。
ましてや社会主義的な計画経済の不可能性は歴史的に明らかであり、市場が果たす積極的な役割についてはきちんと踏まえておく必要がある。
官僚制とカリスマ待望
原子力の安全性など、様々な社会的、政治的問題について、その問題を所管する省庁と直接交渉する機会がある。
多くの場合、直接対応に出てくるのは、実質的には当該の問題について何の権限も持たない下級官吏だ。
官僚制を必然化する近代国家
ウェーバーは、彼の社会科学の方法論である「価値自由」の立場から、発達した近代国家、特に資本主義が発達した国家なり社会においては、官僚制の発達と完成は不可避だと指摘。
国家であろうと企業であろうと、経営の効率性、合理性を追求するならば、官僚的制度の確立は避けられないと主張する。
近代日本と官僚制
戦後日本社会の中で、自民党の利権政治と一体となって日本の行政を牛耳ってきた官僚機構は、今や完全に行き詰まった。
官僚の腐敗と度重なる不祥事は、日本の官僚機構が根源的な危機に陥っていることを示唆している。
しかしこうした危機の打開を、強烈な個性や能力を持った政治指導者の登場にのみ求めることは危険だ。
同時にそれは決して問題の本質的な解決にはなりえない。
60年安保闘争の際には東大自治委員長、全学連の中央執行委員として活躍したが、その後きっぱりと左翼と訣別し、対極とも言うべき「コンサバティブ=保守派」のイデオローグとして活躍してきた。
続きを読む: 西部邁『人生の作法』が語る本当の「コンサバティブ=保守」
彼が群馬県の地方新聞=上毛新聞記者時代に遭遇した、日本航空123便墜落事故をもとにしたフィクションだ。
合衆国憲法に記された「進歩条項」
レッシグは、1998年に成立した著作権延長法(Sonny Bono Copyright Term Extension Act,CTEA)が、憲法違反であると訴えた裁判を闘う。
エルドレッド裁判と呼ばれるこの裁判は、アメリカの連邦最高裁において2002年から2003年にかけて争われた。
文化的創造性を育むためには
IT化が日本より10年は先を行くインターネット発祥の地アメリカ。
アメリカの憲法学者ローレンス・レッシグは、インターネットの普及に伴うテクノロジーの高度化により、創造的な自由な文化の可能性が奪われつつあると警鐘を鳴らしている。
人格障害に陥った指導者に導かれた国や組織が滅びていく様子は、多くの人にとって全くのヒトゴトではあるまい。
イギリス・ブレア政権の掲げた政策は、「第三の道」と呼ばれてきた。
これに大きな影響を与えたのは、ニューレーバーのブレーン、社会学者のアンソニー・ギデンズだ。
メリトクラシー(能力業績主義)
ブレアは首相に就任する前の労働党大会で、こう強調した。
「私にやりたいことは三つある。それは、教育、教育、教育だ」
「結果の平等」ではなく、「機会の平等」を目指すニューレーバーの「社会的包摂」戦略にとって、働くために必要な知識や技術を、恵まれない環境に育った人に提供することこそが鍵となる。
続きを読む: 「第3の道」を模索した『ブレア時代のイギリス』(4)
福祉から労働へ(welfare to work)
サッチャーは、「小さな政府」を作るにあたって、「社会などというものは存在しない」と語った。
社会=コミュニティーで人々が相互扶助するのは幻想だとするこうした考えの下で、なんでもかんでも「官から民へ」と移行させてしまったら、そもそも政府は何をすべきなのか?
「夜警国家」を理想とする市場原理主義は、政治そのものの否定にしか行き着かない。
続きを読む: 「第3の道」を模索した『ブレア時代のイギリス』(3)
「鉄の女」サッチャーがイギリス経済再生のために大ナタを振るっていた1992年。
イングランド北部、ヨークシャー地方の炭坑の町には、100年の伝統を誇る吹奏楽団グリムリー・コリアリー・バンドがあった。
音楽好きの炭鉱夫たちが集うこのブラスバンドもまた、サッチャリズムの嵐から無縁ではなかった。
当時イギリスでは、140もの炭鉱で延べ25万人の労働者が失業に喘いだ。
産業革命時にイギリスの基幹産業だった炭鉱は、完全に斜陽化していたのだ。
サッチャリズムに対抗するニューレーバーの登場
イギリス保守党の「鉄の女」=マーガレット・サッチャーは、1979年から90年まで首相に就き、「イギリス病」とまで呼ばれた経済的衰退を克服すべく、徹底した「構造改革」を行った。
政策理念は小泉改革同様の市場原理主義であり、鉄道、電話、水道などの公益事業が次々と民営化された。
規制緩和も金融を中心に産業の各分野で進められ、労働市場も規制緩和されたことで、労働者の権利は奪われていった。
一方所得税の累進制は大幅に緩和され、富裕層の支払う所得税が引き下げられ、法人税の減税も進められた。
金持ちと企業を優遇する政策だ。
小泉改革とほとんど同じことをサッチャーは80年代に実施した。
続きを読む: 「第3の道」を模索した『ブレア時代のイギリス』(2)
「大きな政府」でも「小さな政府」でもない「第3の道」
小泉「構造改革」は、急速に日本をアメリカ型の弱肉強食社会に転換し、今や格差や貧困は重大な社会問題となっている。
改革の中心的なイデオローグであった竹中平蔵氏は、フリードマンなどに代表される「新古典派」の考え方を掲げた。
アダム・スミスなど古典派経済学が提唱した「レッセ・フェール」(自由放任)。
政府が経済過程に介入することはできる限り避け、市場原理にまかせて自由な競争を行うことこそが経済の発展につながるとの考え方だ。
続きを読む: 「第3の道」を模索した『ブレア時代のイギリス』(1)
1999年アメリカ・シアトルで開催されたWTO会議は、会場周辺に詰めかけた10万人以上の労働組合や社会運動・環境運動のアクティビスト、アナーキストなどによって包囲された。
結局開会式会場に各国の代表が入ることが出来ずに中止に追い込まれたのだ。
続きを読む: 『文化=政治』~グローバリゼーション時代の空間叛乱~
久しぶりに見応えのあるアメリカ映画だ。
ストーリーはおくとして、クリント・イーストウッドが自ら俳優としては最後の作品と位置づけたこの映画。
現在のアメリカの苦悩と希望の両方を象徴している。
最近の自転車ブームの波はますます強まっている。
自転車利用に関する効能を記した『自転車市民権宣言』(リサイクル文化社)を読んで、あなたもツーキニストになろう。
続きを読む: 『自転車市民権宣言』 自転車通勤は健康にも環境にもベスト
関東大震災から80年以上が経過し、いつ来てもおかしくないと言われる首都直下型地震。
さらに最近は、東海、東南海、南海地震が連動して起きる可能性も指摘されている。
『大地動乱の時代』(岩波新書)の著者石橋克彦氏は、1970年代にプレートテクトニクス理論により、周期的に太平洋岸での巨大地震が起きることを発見した地震学者。
本書では、既に日本は地震の活動期に入り、未曽有の原発震災が起きる危険性があると警鐘を鳴らしている。
続きを読む: 『大地動乱の時代』―地震学者は警告する―
マイケル・ムーア監督は、ドキュメンタリー映画『華氏911』でブッシュ政権を痛烈に批判した。
そのネーミングの元になっているのは、アメリカの幻想小説家、SF作家のレイ・ブラッドベリ(Ray Bradbury)が1953年に発表した長編SF小説『華氏451度』だ。
このSF小説は、言論弾圧や思想統制、利己主義と物質主義、快楽主義の蔓延、マスコミや商業ジャーナリズムの弊害、IT化による人間性の喪失など、考え得る限りの負の未来社会を描いた。
物語の主人公は、ガイ・モンターグ。彼はファイア・マンの仕事に就いている役人だ。
ファイア・マンとは、火を消す消防士ではなく、人々が隠し持っている本をみつけては燃やしてしまう「焚書官」を指す。
ゆえに小説の冒頭には、次の言葉が記されている。
「華氏451度―本のページに火がつき、燃えあがる温度・・・」
続きを読む: 『華氏451度』 SF小説の世界が現実化しつつある日本
2002年9月11日に起きた9・11同時多発テロ。
テロの直後アメリカのマスコミは、テロリストとイスラム教徒は異なるから不当な差別をすべきではないと冷静な対応を呼びかけた。
しかしブッシュ大統領がアフガニスタンへの報復戦争に踏み切り、アメリカ国内では次第にイスラム系アメリカ人へのバッシングが高まっていった。
映画『Caught in Between ~故郷(くに)を失った人々』は、アメリカが対テロ戦争に突き進むなかで、イスラム系アメリカ人への差別や人権侵害が強まることに抵抗し、自由と人権を求め立ち上がった日系アメリカ人コミュニティーとイスラム系アメリカ人コミュニティーの交流を描いたドキュメンタリーだ。
世界各国では従来の左翼運動の枠を超えた「新しい社会運動」が発展している。
『市民の政治学』―討議デモクラシーとは何か―(篠原一著 岩波新書)は、こうした新しい社会運動の方向性を詳しく紹介している。
続きを読む: 『市民の政治学』―討議デモクラシーとは何か―
貴族政治は賢明に行動する!?
19世紀初頭にトクヴィルが預言したこと、突き出した問題は、20世紀を通じて実証されてきた。
トクヴィルが「貴族主義は民主主義的自由主義に勝利し得ない」と預言した通り、一握りの指導者による目的論的、設計主義的な社会建設の典型だった社会主義は完全に破産した。
ヨーロッパ貴族主義を凌駕したアメリカの大衆民主主義
没落貴族の末裔としてフランス革命後の激動を経験していたトクヴィル。
彼は、1831年から32年にかけて独立後のアメリカに渡り、建国の息吹が吹き荒れるアメリカ社会を見聞した。
この旅を通じてトクヴィルは、民主主義と商業主義を標榜する社会の到来は不可避であり、その結果ヨーロッパ的貴族主義よりもアメリカ的な大衆民主主義が勝利すると喝破したのである。
2002年度にリリースされた山川元監督作品。
主演は役所広司だが、その内容ゆえに一般の映画館ではなかなか上映されなかった。
とはいえ内容はものすごく刺激的で、いたるところにブラックユーモアとアイロニーが込められている。
EUを生んだ「平和のための連邦論」
統一通貨ユーロ(EURO)を導入したEU(欧州連合)は、これまでにない国境を超えた政治、経済体制を確立しつつある。
ヨーロッパ合衆国の建国までをも射程に入れた新たな国家連合は、アメリカの一極的な世界支配に対抗する政治力学だけでは計れないビジョンを有している。
2004年1月、琉球新報は外務省機密文書「地位協定の考え方」を入手し、全文をスクープした。
同文書は、1972年の沖縄本土復帰の翌年、1973年4月に作成され、作成には外務省条約局とアメリカ局が関わっている。
表紙に「秘 無期限」の指定印が押された機密文書だ。
バブル崩壊直後の1993年に発表された映画だ。
日本全体が「失われた10年」の入口に立っていた。
そんな当時、社会を覆いつつあった不安や、そのなかで希望を失わずに生きようとする人々の熱い気持ちが素直に表現されている。
夜間中学の教師を天職と考える黒井役の西田敏行も、実にいい味。
生徒に本当の親のように全力で関わる姿は、あまりに出来すぎているとはいえ、やはり胸を打つものがある。
続きを読む: 山田洋次監督『学校』 本当に学ぶべきは「幸せ」の探しかた
ホンダがアメリカ市場で成功した鍵は?
ミンツバーグは、アメリカのオートバイ市場でイギリス車との競合に打ち勝ったホンダの成功について分析するなかで、各スクールを評価する。
英国政府の依頼を受けて、ホンダの勝利の根拠を分析したボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の分析は次のようなものだった。
「日本のオートバイ産業、なかでもマーケット・リーダーのホンダは、一貫した構図を示している。日本の製造メーカーの基本的理念は、資本集約型で高度にオートメーション化した技術を駆使することで、車種ごとの大量生産・大量販売が可能になる。彼らのマーケティング戦略は、これらの大量生産車種の開発に向けられ、したがってわれわれが考察したとおり、成長性とシェアの獲得に多くの関心が寄せられている」
BCGは、ホンダが資本集約型の大量生産車種を売り込む明確な戦略でアメリカ市場に参入したことで成功を収めたと分析している。
この分析は、かつて日本の輸出主導型製造業の躍進の根拠として最も一般的に言われていたことでもある。
しかし、実際にアメリカ市場への参入にチャレンジしたホンダのマネジャーたちは、次のように語った。
1999年探検家の関野吉晴は、南米最南端から人類誕生の地アフリカを目指して自転車をこいでいた。
そのグレート・ジャーニーの途中に訪れたモンゴルで、関野は一人の少女と出会う。
見渡すばかりの草原を馬にまたがって駆け抜け、家畜を追う当時6歳の少女の名はプージェー。
モンゴル語で「木曜日に生まれた幸せな子」を意味する。
韓流『レオン』とも呼ぶべきこの映画。
ストーリーや映画の評価はともかく、私は自転車乗りにぜひこの映画を薦めたい。
舞台設定はオランダ。当然現地でのオールロケとなっている。
オランダと言えば、知る人ぞ知る自転車王国。
映画のあらゆる場面に自転車が登場する。
私は長らく左翼運動に関わっていた。
その限界を痛切に感じて以降、左翼のパラダイムと根本的に対峙することが問題意識の一つとなった。
この映画で描かれている連合赤軍と、私が参加していた組織のルーツはつながっていた。
だからと言うわけではないが、この映画で描かれている世界は、良い意味でも悪い意味でも本当に良く分る。
強力な起業家の多くは最後に失敗する
戦略マネジメントは非常に複雑で微妙なプロセスであり、一朝一夕で主体化できるようなものではないし、ましてや計算機で叩き出せる類のものでもない。
戦略マネジメントのこうした困難性を考えたとき、戦略形成を成功した起業家のメンタル・プロセスとして捉えるアントレプレナー・スクール(THE ENTREPRENEURIAL SCHOOL)の持つ位置は独自であると共に、ある意味で最もリアリティを有しているかもしれない。
寺島実郎氏は、現在三井物産戦略研究所所長、財団法人日本総合研究所理事長、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授を務め、永らく米国で仕事をした経験をもつ。
その寺島氏が9・11テロ後のアメリカを論じたのが『脅威のアメリカ 希望のアメリカ』(岩波書店)である。
昨年秋、リーマンショックを発端に世界金融危機の嵐が巻き起こった。
その最中に出版された岩波ブックレット『世界金融危機』。
著者の一人である金子勝氏は、早くから未曽有の金融危機到来に警鐘を鳴らし、「悪魔の予言」と恐れられていた。
この本を読めば、世界金融危機は未だ収束していないことがよく分かる。
コンピュータは戦略をはじき出せない
目標到達のコンセプトを明確化し、その理念から現実にアプローチしようとするデザイン・スクール。
しかし現実は常に不確実性に満ちており、理念と現実は常に乖離する。
この乖離をどう埋めるのかを巡るアプローチは大きく言って三つに分かれる。
デザイン・スクールがはらむ設計主義の限界
『戦略サファリ』の内容の大半は、戦略マネジメントを巡る10の学派の紹介とその批評に当てられている。
ミンツバーグが真っ先に取り上げるのは、デザイン・スクール(THE DESIGN SCHOOL)だ。
この学派は、戦略マネジメントの研究に最も影響力を与えつづけてきた「コンセプト構成プロセスとしての戦略形成」に焦点を当てている。
石原慎太郎が製作総指揮、脚本を手がけた映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』。
これを観て即座に思い出したのは、映画で描かれた知覧航空隊の特攻隊員として戦死した上原良司のことだ。
特攻隊員から母のように慕われた富屋食堂の鳥濱トメさんは、「たった一人だけ日本が負けると言った人がいました。上原大尉でした」と語っていた。
しかし映画では、「日本は負ける」と語ったのは別の隊員のように描かれている。
『あゝ祖国よ恋人よ』(上原良司 信濃毎日新聞社)を紐解けば、その理由がわかる。上原が残した日記と遺書の存在は、石原にとって余りに都合が悪かったからだ。
天皇制ファシズムの下、日本が戦争に突き進んだ1940年代。
学徒出陣で戦地に動員された青年たちの多くは、哲学、文学に精通したインテリたちだった。
彼らに「大東亜戦争」の意義を説いたのは、京都学派を中心とする日本の代表的知識人だ。
そのため京都学派は戦後、軍国主義、天皇制ファシズムに屈服して戦争に協力したと批判された。
しかしその思想がなぜ多くの青年の心を捉えたのかについては、きちんと内容的に検証されたわけではない。
戦後日本屈指の哲学者廣松渉は、「近代の超克論」に内在化しつつそれを再検討した。
それが『<近代の超克>論』(講談社学術文庫)にまとめられている。
忌野清志郎が亡くなった。
若い頃、コンパの席では必ず彼の歌が飛び出してみなで盛り上がった記憶が蘇る。
原発批判を繰り広げ、天皇制を皮肉った彼の歌を放送禁止にしてきたマスコミは、そんな過去を忘れるかのようにこぞって追悼している。
戦略に関する議論は両刃の剣
国や企業、そしてNGOなどあらゆる組織では、「目標は何か? どうそれを達成するのか?」が常に明確にされる必要がある。
しかし、時々刻々と変化する状況のなかで、組織の戦略的目標や方向を確定することは、最も困難な作業だ。
ゆえに戦略マネジメントの問題は、多くの組織にとって極めて重大な関心事となる。
厳しい競争にさらされている企業、様々なミッションに取り組むNGOやNPO、そして極限的な状況での行動を要請される軍隊などで、あらゆる組織がこの問題を研究している。
ここでは、欧米で経営学のグル(世界的権威)の一人として高く評価されているヘンリー・ミンツバーグ(Henry Mintzberg)の著書『戦略サファリ』(STRATEGY SAFARI:A GUIDE TOUR THROUGH THE WILDS OF STRATEGIC MANAGEMENT)(東洋経済新報社)を参考に、戦略マネジメントについて考察する。
JR東日本で新幹線運航本部長を務める万代典彦氏は、『失敗に学ぶものづくり』第4章「大量輸送分野 鉄道の安全は衝突事故の繰り返しによって高まった」のなかで次のように述べている。
産業革命以降のわずか数百年の間に、人類は限りある地球資源を浪費し尽くそうとしている。経済成長主義から抜本的に脱却しなければ、われわれは次世代への責任を果たすことはできない。
そもそもこれまでの経済成長を支えてきたパラダイムは、資源や環境は無尽蔵に存在することを前提に、労働によってそれに付加価値を与える、つまり価値の源泉は労働にあるとする考えだ。
ゆえに資源はどんどん浪費していいから、労働生産性を上げることが至上命題とされてきた。その結果現代社会は恒常的に生産過剰、供給過剰に陥り、慢性的に労働力は余っている。
さらに悪無限的に労働生産性の向上を目指せば、失業者や低賃金で使い捨てのパート・アルバイトはますます増大し、ワーキング・プアは深刻化する。正規雇用労働者も、人減らしのなかで過重な労働を強いられ、過労死やうつ病に追い込まれる。
現代社会では働けば働くほど苦しく、不幸になる。このパラドックスは、労働生産性の向上こそが価値を増大させると考え続ける限り打開できないのである。
今やこのパラダイムそのものを見直し、労働生産性ではなく環境効率性を重視する経済と社会へと構造転換することこそが必要だ。
本当の豊かさとは何だろう?
2006年秋、岐阜県徳山ダムで試験湛水が始まった。総貯水量6億6千万立方メートルを有する日本最大のダムが誕生した。
ダムの湖面の下には、旧徳山村の8つの集落が眠っている。50年前にダム建設の話が持ち上がった時には、約1600人が住んでいた村だ。
4月15日に放送されたクローズアップ現代。
取り上げたのは再生可能エネルギーとして注目を集める地熱発電の開発状況。
白州次郎は、戦後GHQと日本政府の間で通訳を務め、日本国憲法制定過程に深く関わり、マッカーサーをして「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめた人物。
彼は日米開戦前から日本の敗戦を確信していた。だからこそ首都東京から離れた鶴川村(現東京都町田市)に家族そろって疎開し、そこで農業を営むことになる。
間違いなく首都空襲と食糧危機が訪れることを理解していたからだ。
« Politics | サイトマップ | Travel »

最近のコメント