Aikido
副題に「80歳まで強くなれる」とあるが、本書が意図する「強くなる」の意味は単純ではない。
著者は大学卒業後に単身パリへ渡り、空手の修行に明け暮れ、そのなかで武道や日本文化について探究してきた。
現在はパリ大学ソルボンヌ文化人類学研究所の研究員であり、独自の武道「自生道」を切り拓いている。
本書のプロローグにはこう記されている。
私は現代における人類の最大のテーマは、どのようにして人間が質的に向上できるかだと思う。
100年後といわず50年後の世界情勢を考えてみられたい。自然環境、国際政治環境といったものが改善されるためには、人間の意識の変化が必要だと思う。
大げさに考える必要はない。自分の身体という一番身近なものを見直し、人間が身体で生きている意味を考えてみることが、意識変化の第一歩だ。
身体を動かすことによって意識を訓練し、訓練された意識によって身体を導き訓練していく。武道にはそうした方法が整然と眠っている。
武道の現代的および未来的な意義は、それを一般性のある方法として活用することにあるのではなかろうか?
著者はまた、こうも述べている。
身体には人間が大脳皮質で考え得ることをはるかに越えた英知、すなわち膨大な<情報>の元が眠っている。
だから、どんなに頭のよい人間でも、その人の身体の方がずっと頭がいいのだという言い方もできる。
まさに、内田樹が『私の身体は頭がいい』で論じていることと同様の内容を突き出しているわけだ。
人類はとりわけ産業革命以降、欲求を身体の外側に延長させてきた。
つまり客体としての自然、物質的富によって欲求の充足をはかろうとしてきたわけだ。
しかし環境破壊や資源・エネルギー危機などに明らかなように、こうした悪無限的な物質的欲求の延長線上に未来を展望することは不可能である。
あくことなき探究心や健全な欲求を否定することなく、人間が進歩するためには、身体の外側にではなく、内側にこそ欲求を向けるべきなのだ。
その意味で、著者の提起は興味深い。
欧米文化における根深い諸問題の多くは、精神と身体を分離する考え方からきているといってよい。
武道の思想と方法は、欧米文化の盲点に光を当てることになる。
デカルト的な心身二元論をこえる新しい文化。
実はそれは、東洋思想のなかに脈々と受け継がれ、武道などの日本の伝統的文化のなかで育まれてきた。
21世紀に日本が世界に発信できる新しい価値は、まさにこうした内容にこそあるのではないだろうか。
人間の知とは何か、それがいかなるしくみやはたらきを持つのか?
この問いへの回答を学際的に探究しようとする科学は、ヨーロッパ哲学の流れとは相対的に別個に、アングロ・サクソン系の経験科学を出発点として発展してきた。
これが今日、認知科学と呼ばれているものである。
もとより認知科学というカテゴリーは1970年以降に登場したものであり、その内容的規定をめぐっては様々な立場が存在している。
ここではまず、認知心理学者の一人ハワード・ガードナーの認知科学に関する定義を踏まえたい。
ガードナーは認知科学により、西欧哲学の系譜にある認識論上の哲学的諸命題と対質しようとしている。
「私は認知科学を次のように定義する。すなわち、認知科学とは、永い年月を経て問われてきた認識論上の問題に答えようとする、経験に基礎をおいた現代的な試みであり、特に、知識の性質、その構成要素、その源泉、その発展と利用にかかわるものである」
先日テレビ東京の番組で、人工知能について特集を組んでいた。
しかしそこで取り上げられている人工知能は、パソコンに毛の生えた程度のものでしかなく、とても知能と呼ぶには程遠いものでしかなかった。
例えば、コンビニの空調や照明の調整を、時間帯や気温、日光の照射などの情報をもとにして自動的に調整する機能。
果たしてこれを司るのが「人工知能」と言えるだろうか?
私から言わせれば、センサーの数や種類を増やし、プログラムを少し複雑にしただけの話で、知能と呼ぶには程遠い代物でしかない。
では一体、知能とは何なのか?
膨大な情報を物凄いスピードで処理しているコンピュータは、あたかもそれらの情報をもとに推論や帰納を行っているかのように見える。
しかし、実はそこでの情報処理はあらかじめプログラムされた定理と条件を使って演繹的推論を利用しているに過ぎない。
ゆえにどれほど高度なスーパーコンピュータでも、プログラムがカバーできる範囲での、つまり定理が正しいという前提においてしか情報に対応できない。
本来の人工知能とは、こうした既存のコンピュータの限界を突破するものでなけば意味はない。
これこそAI(Artificia Intelligenc)開発の目標のはずだ。
『知のエンジニアリング―複雑性の地平』の著者橋田浩一は、本来のAIで問題にされていることを次のように語る。
「特定の用途や文脈に限定されないシステムに関する工学または科学」
分かり易く言えば、映画『2001年宇宙の旅』に登場するスーパーコンピュータHAL9000を本当に開発できるのかを問題にしているわけだ。
HAL9000は自意識を持ち、人間に反乱を試みる。
まさに人間と同じ知能を持つ存在として描かれていた。
戸坂と対照的なのは、梯明秀の西田評価だ。
梯は、1937年『学生評論』に、その名もズバリ「西田哲学を讃ふ」と題した評論を掲載。マルクスの『経済学・哲学草稿』を西田に紹介したのも自分であると主張していた。
梯は当時の左翼の哲学について次のように批判していた。
「甚だ多くの唯物論者が行為的自己の哲学的自覚を怠って、ただ知的自己の立場から物を言ってゐる」
そして「対象の認識といふことは、実在の影像でなくして生命の表現でなければならない。ここに知識の客観性があるのである」との西田の主張を評価し、これを「媒介的、批判的に摂取する」ことによって「唯物論者が知ると言ふとき、それは実践的に認識することであり、身をもつて分析すること」ができる哲学体系を創造しなければならないと主張したのだ。
「ミイラとりがミイラになった」三木とは違い、最後までマルクス主義者としての実践的立場を貫いた戸坂潤は、西田哲学を当時の世界的な思想状況のなかでは評価しつつも、マルクス主義哲学の立場から徹底的に批判した。
1933年に『唯物論研究』で発表した「『無の論理』は論理であるか?」では、次のように西田哲学批判を展開している。
戸坂はまず、西田が『善の研究』における「純粋経験」を発展させた「場所の論理」「無の論理」を整理する。
「観念論的弁証法でも唯物弁証法でも、何かノエマ的に観念とか物質とかいふ有(存在)を置いて、そこで弁証法が成り立つたと見てゐるのであるが、さういふ有の論理では弁証法的矛盾は考えられない。本当の弁証法は、有が直ちに無に裏づけられてゐる、生即死、死即生といふ点にしか考へられないのだ、無の論理によつてしか考へられない、弁証法は自覚に依つてしか考へられない」
大東亜戦争を肯定した西田の政治的立場もあり、戦前多くの左翼思想家たちは西田哲学への批判を試みた。
しかし三木清などに見られるように「ミイラ取りがミイラになる」、つまり西田哲学のプロブレマティークに包摂され「転向」していく思想家達が数多く生み出された。
そこには、当時の左翼思想が総体として抱えていた本質的問題が横たわっていた。
これについて久野収は、『批評空間』第Ⅱ期第4号での柄谷行人、浅田彰との対談のなかで端的に述べている。
「当時の哲学科左派の唯物論だと、根源的な矛盾を含んでいるわけです。認識論のほうから言えば、はなはだ受動的で、人間の意識が鏡になって物の実相を映すという模写論だけれども、実践論のほうから言えば、環境や人間を操作し、干渉して真理を暴き出し、さらには外界と内界を積極的に変革する方法になるでしょう。
マルクスにもエンゲルスにも両方の要素があって、本当の統一は、各人にまかされているのではないか。それで、認識論中心派の、認識を実践に機械的に適用して成功させる、認識論としての弁証法とか、哲学のレーニン的段階とか言って、ソ連型マルクス主義を金科玉条として仰ぐ人たちに対して、京都の哲学者もマルクス主義者も、その問題でたいへん苦労をさせられていた。
それで、主体と客体との関係とか、主体と主体との間柄的、場所的関係とか、認識論としての模写説と実践論としての変革説とが一見矛盾するように見える関係をなんとかつなぎ合わそうとして、三木清、戸坂潤、船山信一、梯明秀にしても、みんな苦し紛れの綜合主義、統一主義の方向を打ち出す」
まさに、その苦し紛れの綜合主義、統一主義がいかなるものであったのか、そして西田哲学はかれらのその思想的営為にいかなる影響を与えたのか、以下概観してみよう。
「純粋経験」を基本的概念としながら、西田は第二編では「実在」、第三編で「善」について、そして第四編では「宗教」について論を進めていく。
第二編ではまず、「実在」についてこう語る。
「実在とはただ我々の意識現象即ち直接経験の事実あるのみである」
「普通には主観客観を別々に独立しうる実在であるかのように思い、この二者の作用に由りて意識現象を生ずるように考えている。従って、精神と物体との両実在があると考えているが、これは凡て誤である。主観客観とは一の事実を考察する見方の相違である、精神物体の区別もこの見方より生ずるのであって、事実其者の区別でない」
西田は明確に主客の二元的対立図式を批判する。
それでは、この二項対立をいかに止揚するのか。
『善の研究』の第一編で西田が展開する「純粋経験」こそ、近代主客図式を克服せんとする西田哲学の最重要の基礎概念だ。
西田は、西洋的な「有の哲学」に「無の哲学」を対置しようとした。
その背景について下村寅太郎は次のようの述べている。
「『善の研究』の、やがてまた西田哲学一般の基礎には禅的体験がそれの重要な思想動機の一つとして存するように思われる」
実際、西田は金沢時代の十年間、休暇となれば常に禅堂において打坐し、「打坐越年」が当たり前だった。
家庭で正月を迎えたことなど殆どなかったと言われている。
明治から昭和にかけて、日本思想界に最も大きな影響を与えた思想の一つは西田哲学であろう。
戦前マルクス主義者だった戸坂潤は、1933年に執筆した『現代のための哲学』において次のように紹介している。
「この哲学(故左右田博士は之を西田哲学と名づけた)は、単に我が国だけに於ける代表的な哲学であるばかりではなく、公平に云って、世界的水準から云っても、指導的な位置を占めると云って好いだろう」
「欧州の、又は主に独乙の、所謂哲学と名の付く哲学が、或る根本的な理由から、全く行きづまって了っている今日では、そして『ハイデッカー』や『ヘーゲル復興』の名を聞いて、溺れる者が藁を掴むように、之にしがみつこうとしている今日の国際的哲学界に於ては、西田哲学の展開と前進とはいよいよこの哲学の優越性を高めねばならないわけである」
これだけの影響力を有した西田哲学だが、戦争中天皇を頂点とする国体と大東亜戦争を肯定する体制翼賛イデオロギーとなったことで、戦後の日本思想界においてはほとんど内容的な再検討を経ないまま放置された。
合気道における身体パフォーマンスには、反射神経やスピード、筋力はほとんど関係ないと言われる。
相手の気を察し、それと一体化しつつ相手の身体パフォーマンスと融合する。
その結果、相手の力やスピードを利用して技をかけることが可能になる。
口で言うのは簡単だが、これを会得するのは簡単ではない。
ついつい自分自身のスピードや力に頼ってしまいがちだ。
その根底にはやはり、自分の身体能力を実体主義的に(他のものとは独立したものとして)考えるエンドクサ(憶見)から逃れられない心理的問題が大きく横たわっている。
こうしたパラダイムを突き崩す実験をしたと言われるのは、デンマークが生んだ天才原子物理学者のニールス・ボーアである。
オバマ大統領がテレビに出演中に、自分の手の平の上にとまったハエを叩き落として話題になっている。
以前から私は、オバマの身体能力は武道論的に見ても極めて優れているのではないかと感じていた。
続きを読む: オバマ大統領がハエを撃退 ハチならば物凄い心身能力だが

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