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ジョン・デューイ『学校と社会』(3)社会実験では検証できない進歩のための多様性

2009年10月23日 10:48 | コメント(0) | トラックバック(0)

 ジョン・デューイは1859年、アメリカ・ヴァーモント州で、イギリスから移住してきた開拓者の4代目の家庭に生まれた。

 この年、後に彼が多々大な影響をうけたダーウィンの『種の起原』が刊行された。
 宗教的な因習にとらわれず、実証的で科学的な学問が大きく花咲いていく時代にデューイは育ったのだ。

 大学卒業後、1年ほどハイスクールの教師となり、その後、哲学の研究を志して、ジョンズ・ホプキンス大学の大学院に入学。
 学位論文「カントの心理学」を記して助教授となるが、この当時は、ヘーゲル主義者としてドイツ観念論に傾倒したという。
 しかし1890年代に入り、彼の問題意識は急速にヘーゲルから離れ始める。

 そしてジョージ・ハーバート・ミード (George Herbert Mead)に強く影響され、観念の実地への適用という実証主義的・技術的な見地から、精神と行動の関係を考察するようになる。

 また、個人と社会の関係を、個体と環境の相互作用という生物学的見地から考えるようになる。
 こうして自ら名付けた道具主義、或いは実験主義が形成されはじめたのだ。

 「知能がもつ特殊に社会的な表現、すなわちいわゆる『社会的知能』という働きには、所与の個人が、自分といっしょに所与の社会環境のなかにふくまれている他の個人たちの役割を採用する─他人たちの位置に自分自身を置く─能力をどうもっているかによって左右される」

 34歳となった1894年、シカゴ大学に哲学・心理学・教育学を合わせた学部の部長として招かれる。

 「観念は実際の状況のなかで使用してみなければ、その正しさを試査することもできないし、その誤りを訂正することもできないという立場から、とくに教育のことが関心をひく。つまり、教育といく過程を操作すれば人間の認識の発達や性格の発達についての実験を行うことができる」

 こうした考え方のもとデューイは、生きた人間の社会生活を実験材料とする、実験室学校(Laboratory School)、シカゴ大学付属小学校を開設する。

 当初、この学校は生徒16人、教師は2人のみ。
 しかし、周囲の無理解や財政難とたたかいながら1898年には生徒81人にまで拡大。
 この3年間の実験の報告をまとめたのが、『学校と教育』である。
 この実験室学校は1903年まで続いた。

 こうした彼の活動は、アメリカ資本主義の発展形態にふさわしい哲学=プラグマティズムを確立した。
 それはアメリカ哲学の主流として不動の位置を占めるようになる。

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 「すべての観念は行動のための道具であり、思考は人間と環境との相互作用、環境を統制する努力のなかから生まれ、かつ進化すると説く道具主義の立場」

 デューイがプラグマティズムを確立した1890年代から1920年代、それはまさにアメリカ資本主義が急速に発展した時期だ。

 日常生活のなかで出会う実践的な問題を一つ一つ解決していけば、個人の幸福も社会の進歩も無限に継続するという楽天的な信条が人々をとらえていた。
 
 同時に1920年代にデューイは海外を訪れ、アメリカとは異質の社会的現実にふれる。
 彼が「革命的世界」と呼んだ中国やロシアでは、人々が社会制度そのものの改造によって人間の生活を進歩させようと努力していた。

 1929年の世界恐慌を経て、資本主義への楽天的な見方は急激に衰退し、デューイ自身がこう語るようになる。

 「経済生活の全部または大部分が個人的な生産手段と個人的な労働によっていとなまれていた時代に発生した個人主義・自由主義の伝統を、機械工業の発達と資本の集中をつうじてすべてのものが集合化され、合同化されている現代の社会に生かして、個人の価値を究極のものとして実現してゆくためには、個人主義・自由主義はいかに再解釈され、再構成されねばならないか。

 すでにして生産の過程そのものが科学化され、社会化されているように、いまや経済制度もまた科学的・社会的なプラニングのもとに運営されるべきではないのか。その要求に応じうるためには、伝統的な個人主義・自由主義は、社会の集合化・合同化の状態に応じてプラニングを不断に更新してゆく実験的・協同的な思考と行動の方法にまで再構成されなければならない」

 実証主義的な科学の確立を目指し、観念の実地への適用、実験による検証を重視したデューイ。
 その彼が現実の資本主義の矛盾を目の当たりにし、同時にロシアで進められていた社会主義革命の壮大な「実験」に感激したのは不思議ではない。

 しかし、設計主義的に社会を変革するのは、彼が考えるほど簡単ではなかった。
 彼が強い影響をうけたダーウィンの『種の起原』。
 それが示唆したのは、進化のためには多様性が不可欠であるとの逆説である。

 「適者生存」とは、さまざまな環境にそれぞれ適用している多様な生物種が存在しているからこそ可能なのだ。
 もし特定の環境に適用した単一の種だけしか存在しなければ、環境が変われば生物はすべて死滅するしかない。

 人間の社会も同じである。
 進歩のためには多様性をどれだけ育めるのか。
 こうした視点からデューイの教育論を再度検証してみるのも面白いだろう。

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