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ジョン・デューイ『学校と社会』(1)教育改革で社会に活力を
ジョン・デューイは20世紀前半、アメリカの公立学校を中心とした初等中学校教育の形成に重要な役割を果たした。
ここで紹介する『学校と社会』は、1899年、彼自らが創設したシカゴ大学付属小学校で生徒の親と学校の後援者を前に行われた講演をまとめたものだ。
「いつでもわれわれが教育上の新運動についての論議のことを考えるばあいには、これまでよりもひろい、いいかえれば社会的見地をとることが、とりわけ必要である」
「おおざっぱに『新教育』とよばれるものを、ここでひとつ、社会のより大きな変革に照らして考えてみていただきたい」
「われわれはこの『新教育』を社会の諸事象の一般的進行とむすびつけうるであろうか。もしむすびつけうるとすれば、『新教育』は、その孤立的性格をうしない、...全社会進化の重要な一部分として、不可避的なものとして、あらわれるだろう」
こうした発言にも示されるように、デューイは学校の改革は社会的変化の中で考えられねばならないと訴えた。
彼によれば、家内制手工業の時代には、家庭の各員が仕事の作業を分担しており、教育は生活の中そのものに存在した。
「秩序や勤勉の習慣、責任の観念、およそ社会においてなにごとかを為し、それが為されることを実際に必要とする或ることがらがつねに存在し、物の役に立つように行動する人間が、行動そのものをとおして育成され、試練された」
しかし19世紀後半、産業革命を経た欧米では産業形態が大きく変化した。
家内制手工業は巨大な工場にとって代わられ、産業の集中と労働の分業が飛躍的に進んだ。
「家庭と近隣から有用な仕事がなくなってしまった」のである。
そこでデューイは問う。
「ひとりひとりの身をもっての責任を要求し、かつ生活の物質的現実との関連において子どもを訓練するところの仕事を、学校のなかにとりいれるにはどうしたらいいであろうか?」
「手工教授・工作室作業および家庭的技芸─裁縫と料理─をとりいれる」
「学校そのものを、そこで課業を学ぶための隔離された場所ではなく、生きた社会生活の純粋な一形態たらしめるところの手段として、考えねばならない」
彼は教育を社会的行為の中に位置づける。
そこから当時の知識偏重の傾向を鋭く批判する。
「たんに事実や真理を追求するということなら、これらはもっぱら個人的なことがらであるから、きわめて自然に利己主義におちいる傾向がある。たんなる知識の習得にはなんら明白な社会的動機もないし、それが成功したところでなんら明瞭な社会的利得もない。
実のところ、成功のためのほとんど唯一の手段は競争的なものであり、しかもこの言葉の最も悪い意味におけるもの─すなわち、どの子どもが最も多量の知識を貯え、集積することにおいて他の子どもたちにさきがけるのに成功したかをみるために復誦ないし試験を課して、その結果を比較することである」
デューイは教育を通じていかに社会性や公共心を身につけるのかを問題としていた。
だからこそ、経済的圧力から解放された学校での作業を重視したのである。
「その目的は、生産物の経済的価値にあるのではなくて、社会的な力と洞察力の発達にあるのである。この狭隘な功利性からの解放、この人間精神の可能性にむかってすべてがうちひらかれていることこそが、学校におけるこれらの実際的活動を、芸術の友たらしめ、科学と歴史の拠点たらしめる」
「現代の社会生活に自由に活動的に参加するための必要欠くべからざる道具となる」
産業社会により、人々は工場の機械の歯車のような存在に落し込められようとしている。
まさにチャップリンが映画『モダン・タイムス』で描いた人間疎外だ。
「方法、目的、理解が作業をする人間の意識のなかに、すなわち、人間の活動がその本人にとって意味をもたねばならぬということは現代の社会問題である」
「社会的価値にかんして自らの想像力と自らの共感的洞察力とを発達させるべき機会をもたなかった」
デューイは、かつて学問は特権階級に独占されていたが、産業革命の結果、機関車や電信などによって通信交換が実現され、移動の自由がもたらされ、それが思想の交換、知的革命となった、つまり学問の普及がもたらされたと述べている。
にも関わらず、未だに教育過程は、知的になるために記号を習得し使用することが価値化される時代錯誤の中世的学問の概念に支配されたままではないかと訴えるのだ。
「学問的職業のための訓練は教養の典型、すなわち自由教育とみなされ、一方、職工・音楽家・法律家・医師・農業者・商業者或いはまた鉄道業務員の訓練は純粋に技術的・専門的なものとみなされている。その結果、『教養ある』人々と『労働者』との区別、理論と実践の分離である」
多くの労働者は教育を生計を得るための、狭い実際的手段としてしか考えていない。
学校を変革すれば、もっと広い意味で教育の理念、使命および目的が理解されるはずだ。
これがデューイの願いであった。
「学校を一個の胎芽的社会生活たらしめること、より大なる社会の生活を反映する仕事によって活動的な、そして子どものひとりひとりを小社会の一員にみちびくなら、価値高い、美しい、そして調和のとれた大社会にたいする最高・最善の保障を得るであろう」
教育の場を社会的活動の訓練の場にすること。
それによりよりよい社会を実現する。
デューイはまさに、教育変革によって社会変革を実現しようとした哲学者であり教育者であった。
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コメント(2)
>秩序や勤勉の習慣、責任の観念、およそ社会においてなにごとかを為し、それが為されることを実際に必要とする或ることがらがつねに存在し、物の役に立つように行動する人間が、行動そのものをとおして育成され、試練された
なるほど。
いま仕事中なんですけどね。
昔より人の役に立っているような気がします。
トトさん
実践性、つまり身体性から遊離した知識をいくら吸収しても全然意味はない。
逆に身体性から出発する知識は、活き活きと世界を彩る。
この点を忘れてしまうと、頭デッカチの観念肥大化が起きますから注意が必要ですね。
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