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認知科学は哲学を超えるか? 『認知革命―知の科学の誕生と展開』

2009年9月10日 12:46 | コメント(0) | トラックバック(0)

 人間の知とは何か、それがいかなるしくみやはたらきを持つのか?

 この問いへの回答を学際的に探究しようとする科学は、ヨーロッパ哲学の流れとは相対的に別個に、アングロ・サクソン系の経験科学を出発点として発展してきた。
 これが今日、認知科学と呼ばれているものである。

 もとより認知科学というカテゴリーは1970年以降に登場したものであり、その内容的規定をめぐっては様々な立場が存在している。

 ここではまず、認知心理学者の一人ハワード・ガードナーの認知科学に関する定義を踏まえたい。
 ガードナーは認知科学により、西欧哲学の系譜にある認識論上の哲学的諸命題と対質しようとしている。

 「私は認知科学を次のように定義する。すなわち、認知科学とは、永い年月を経て問われてきた認識論上の問題に答えようとする、経験に基礎をおいた現代的な試みであり、特に、知識の性質、その構成要素、その源泉、その発展と利用にかかわるものである」

 そして彼は、認知科学的研究の特徴のなかで最も重要なものとして次の5点を挙げている。

 「まず第一に、人間の認知活動について語る際に、心の表象について語ることが必要であり、その場合の分析のレベルは、生物的、あるいは神経科学的な分析のレベルでもないし、社会学的、文化的分析のレベルでもない。

 第二に、人間の心の解明に、コンピュータが重要な役割を果たすということに対する信念がある。コンピュータがさまざまな研究の遂行に不可欠だというだけではない。さらに、もっと決定的に、人間の心がどのように機能するかについての、もっとも期待のかけられるモデルとして役立つとするのである」

 「第三の特徴は、認知的機能には重要かもしれないが、現時点では認知科学の展開にとって不必要な混乱を引き起こしかねないという理由で、慎重に重点項目から外してあるものである。それらは、感情ないしは情動の要因、歴史的ないしは文化的な要因の影響、さらには特定の行為ないしは思考が発現するときの背景となる文脈の役割である。

 第四の特徴として、認知科学者たちは学際的研究から多くのものが得られるという信念を持っていることがあげられる」

 「五番目の、さらに異論のありそうな特徴は、現代の認知科学のなかに含まれている中心的な成分が、西欧哲学の伝統のなかで認識論哲学者たちが永年扱ってきた問題の系列、あるいは関心事の集合だということである。ギリシャ哲学までさかのぼる哲学の伝統がなければ、現在の認知科学の形は言うまでもなく、いかなる形にせよ、そもそも認知科学なるものが存在しえたとは、とうてい考えられない」

 こうした特徴をもつ認知科学だが、ヨーロッパを中心として積み上げられてきた哲学上の認識論とはかなり異なるアプローチをしていることが分かる。

 一言で言えば、「心」を理数的に解析しようとする傾向が極めて強いように思われる。
 なぜこのような科学主義的なアプローチがアメリカで発展したのか?

 20世紀初頭を前後して、西欧哲学圏では大きな地殻変動が起きた。
 ニーチェは「神は死んだ」と宣言し、神学と同時に、科学的真理の存在を信奉する科学主義を批判した。

 これと相まって認識論ではフッサールを起点とする現象学が影響力を強める。
 これにより「世界がいかに存在するか」ではなく「私にとって世界はいかなるものとして立ち現れてくるか」が問題となった。
 それまでの認識論上の問題設定を抜本的に転換したのである。

 一方でソシュールが開拓した言語論は、それまでの統語論や形式論理学を根底から突き崩した。
 言語圏の違いによって虹の色が3色にもなり5色にもなり、あるいは7色にもなるように、人間は世界のありのままを受け取っているのではなく、言語活動によって全く恣意的に世界を文節化していることが明らかにされた。

 まさにあらゆる領域で、主客二元論の克服や実体主義批判のプロブレマティークが展開し、これらは科学主義批判と結びついていたのである。

 時代的背景も当然影響している。
 ヨーロッパが二度にわたる世界大戦の戦場となり、文明の発達は人間の幸福ではなく、かってない破壊と殺戮を生み出した。

 「世界の工場」であったイギリス、市民革命の故郷であるフランスは歴史的に没落し、近代合理主義とそれにもとづく科学主義的信念に大きな疑義がとなえられたのである。

 そんななか、二度の世界大戦を通じて世界の超大国へとのし上がったアメリカでは、自然科学、経験科学への信頼性は揺らがなかった。

 だからこそ行動主義が大きな影響力を持つことになる。
 心理学をはじめとする新しい人間科学の勃興のなかで、多くの若いアメリカ人の科学者たちは、思考や意識の性質、あるいは言語と文化の問題などについて、西欧哲学で措定されてきた諸問題を踏まえつつも、厳密な実験的方法を用いて探究することによって単なる思弁を越えようと考えたのである。

 「パヴロフの犬」のパヴロフやスキナー、ソーンダイクやワトソンらは、それまでの人間の心理や行動に関する研究において一般的に用いられてきた方法である内観、つまり訓練された観察者が自分の思考パターンの性質や筋道について自己反省を加えるという方法をひっくり返そうとした。

 彼らの提出した命題は次のようなものである。

 「第一に、行動の科学に関心をもつ研究者はすべて、公共的な観察法だけを用いるようにすべきである。公共的観察法ならば、誰でも使え、数量化できる。主観的に考えるとか、心を内観するとかしてはならない。ある学問が科学たるべきためには、その要素は、物理学者の使う霧箱と化学者の使うフラスコとかのように観察できなければならない。

 第二に、行動の科学に関心をもつ研究者はすべて、行動にのみ焦点を合わせるべきである。精神とか思考、想像力といった題目、計画とか欲求、意図といった概念をすべからく細心に避けなければならない」

 まさに、力学が物理的な世界の法則を説明したのと同じレベルで、反射弓にもとづいた機械的なモデルで人間の活動を説明できると信じたのだ。

 ラ・メトリの『人間機械論』と同様の人間観がアメリカで勃興し、それが物質文明の象徴たる20世紀を大きく規定したのは皮肉としか言いようがない。

 しかし、行動主義がモデルにしようとした物理学的方法においてさえ、「客観的データ」なるものへの疑義は早くから指摘された。

 例えばマンハッタン計画を主導したオッペンハイマーは、1950年ごろ既に心理学者のとらえる知覚の問題と、当時原子物理学や素粒子物理学で問題となった「不確定性原理」の問題をオーバーラップして考えていた。

 「君たち心理学者が研究している知覚というのは、結局の所、物理学での観測と違うわけはない。そうでしょう」

 物理学ですら、観測という行為が観測対象に影響を与える「観測者効果」により、純粋に客観的な観測は不可能であると喝破されていたのである。

 ゆえに行動主義は終焉する以外なかったが、それでも未だに認知科学的アプローチはアメリカで大きな影響力を持っている。
 私はその理由の一つが、東洋と西洋とを分かつ決定的なパラダイムの違いにあると考えている。

 コンピュータの延長線上に人間の知能を考えるのか、それとも、コンピュータがどれほど発達しようとも、人間や動物の知能と同じものには決してなり得ないと考えるのか。
 このテーマはまだまだ探究していくことにしたい。
 

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渡瀬義孝 2008年洞爺湖サミットの開催に合わせ自転車で東京~洞爺湖~札幌1500キロを走破したツーリング洞爺湖に参加。持続可能な未来へ向けエコロジーでリベラルなライフスタイルを! yoshitaka@ihope.jp

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