Review
9・11テロ後のアメリカをイラク戦争に駆り立てた『ネオコンの論理』
『ネオコンの論理』(光文社)の著者ロバート・ケーガンは、ブッシュ政権の外交政策を先導したシンク・タンク『アメリカ新世紀プロジェクト』(PNAC)の思想的支柱を務めた論客だ。
PNACの発足にあたって、ブッシュ政権のチェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官、アーミテージ国務副長官、ウルフウィッツ国防副長官などの閣僚が発起人に名を連ねたことを考えれば、ケーガンがどれほどブッシュ政権に影響力を与えたのかよく分かる。
本書のベースとなった論文は9・11テロ後、『力と弱さ』と題されてヨーロッパ向けに発表された。
その内容に衝撃を受けた当時のプローディ欧州委員会委員長が、EUの全官僚に必読文献として回覧を命じたほどだ。
本書を一読すれば、ブッシュ政権がなぜ国連を無視し、全世界の反対の声を踏みにじってイラク戦争に踏み切ったのかが良く分かる。
その主張は余りにも単純明快だ。
全世界の秩序を守るためには、アメリカの圧倒的な軍事力が不可欠なこと。
同時に圧倒的な軍事力を持っているがゆえに、アメリカとそれ以外の国とでは、「脅威に対する認識」が異なっていると主張している。
「はじめに」では次のように語る。
「ヨーロッパは軍事力への関心を失った」
「歴史の終わりの後に訪れる平和と繁栄の楽園、十八世紀の哲学者、イマヌエル・カントが『永遠平和のために』に描いた理想の実現に向かっているのだ」
「これに対してアメリカは、歴史が終わらない世界で苦闘しており、十七世紀の哲学者、トマス・ホッブズが『リバイアサン』で論じた万人に対する万人の戦いの世界、国際法や国際規則が当てにならず、安全を保証し、自由な秩序を守り拡大するにはいまだに軍事力の維持と行使が不可欠な世界で、力を行使している」
問題はケーガンが、このアメリカとヨーロッパの軍事・外交政策の差異を、理念の差異ではなく「力の強い者と弱い者の差異」として認識していることである。
「ヨーロッパで現在、脅威に対する許容度が高いのはなぜかは、アメリカに比較して力が弱いからだと考えるほうが分かりやすい。
強さの心理と弱さの心理の違いは、簡単に理解できる。ナイフしか持っていないものは、森林をうろつく熊を、許容できる危険だと考えるだろう。
この危険を許容しないのであれば、ナイフだけを武器に熊と戦うしかないが、この方法の方が、その場に伏せて熊が襲ってこないように願っているよりも危険が大きいのだから。
しかし同じ人が銃を持っていれば、許容できる危険についての見方がおそらく変わるだろう。戦うことだってできるのに、かみ殺される危険をおかす必要があるだろうか。
まったく正常なこの心理が、アメリカとヨーロッパの溝を生み出している。ヨーロッパの人の大部分は、フセイン政権の脅威について、この政権の放逐を試みるときのリスクと比較すれば、許容できるとみてきた。
しかしアメリカは、強力な軍事力を持っているので、フセイン政権と同政権が保有する大量破壊兵器について、許容できる限界をもっと低く設定している。九月十一日の同時多発テロの後にはとくにそうだ。強いアメリカと弱いヨーロッパとで見方が違うことを考えれば、どちらの評価も納得できるものである」
世界最強の軍隊を持つアメリカにとっては、熊との共存を目指すのではなく、森に入っていき熊を殺してしまったほうが安全なのだとするこの考えは、まさに典型的な軍事力学主義であり、アメリカの軍事力に対する奢りそのものであった。
ケーガンの威勢のいい言葉とは裏腹に、世界最強の軍隊をもってしてもイラク占領は泥沼となり、何十万のイラク国民、そして9・11テロの犠牲者をはるかに上回る米英軍の兵士が犠牲となった。
ケーガンはこんな風にヨーロッパを皮肉っていた。
「ヨーロッパがカント流の永遠平和を実現できるのは、アメリカが万人に対する万人の戦いというホッブス流の世界の掟に従って軍事力を行使し、安全を保障しているときだけである」
国際協調や国際法の遵守、話し合い、対話、外交努力などは「ヨーロッパの楽園」の中でしか通用しない。
一歩外に踏み出したら、圧倒的な力によって秩序を守るしかないのだ。
アメリカはその責任を果たしている。それによってヨーロッパの「永遠平和」が守られていることを自覚せよと言いたかったのだろう。
しかし、ヨーロッパ文化圏以外に住む人々をまるで野蛮人の如く考えるケーガンの主張は、「白人中心主義」そのものだ。
「お前たちは野蛮人だから、理屈は通じないだろう。だから力で屈服させるのだ」と言われたら、当然にも民族や人間の尊厳をかけた闘いが巻き起こる。
余りにもパワー・ポリティクスに偏ったアメリカの政策は、結局破綻せざるを得なかった。
テロや戦争の背景には、深刻な貧困や環境破壊、資源・エネルギー危機が存在する。
世界最大のエネルギー消費国であるアメリカが、貧しい国々からあらゆるものを奪いながら「大量生産・大量消費・大量廃棄」を続ける限り、そのツケはアメリカ自身に還ってくる。
それを抑え込むために、さらに軍事力を増大させる悪循環に陥っている限り、アメリカを含めた人類の未来はあり得ない。
ケーガンはこうも語る。
「世界の舞台で大きな役割を果たしたいという強い意欲が、アメリカの性格に深く根づいている。独立以来、そして独立以前からすら、アメリカでは多くの点で意見が対立する人たちの間でも、自国の偉大な使命については共通の信念があった」
その言葉が真実であるならば、アメリカは軍事力で世界を抑えつけるのではなく、飢餓対策を行い、熱帯雨林破壊、砂漠化、地下水の枯渇などの深刻な地球環境破壊にこそ立ち向かうべきだろう。
ブッシュ政権からの「チェンジ」を訴えて登場したオバマ政権は、少なくともこんな愚かなネオコンの論理と決別しながら、対話による国際協調路線を基本としている。
オバマはまた、世界的な核軍縮の流れを加速しようとしている。
そんな時代の変化にまったく無頓着に、「時代遅れのネオコン」として今更のように核武装を主張する人々が日本に存在する。
そんな人たちは、一刻も早く気付くべきだ。
既に現実の国際政治のなかで、『ネオコンの論理』は完全に破綻したことを。
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