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社会主義経済計算論争(3)ポランニーの機能的社会主義
経済計算を巡る議論に対して、従来の多くの左翼は、往々にして議論のレベルをすり変えようとしてきた。
いわく「ブルジョア的な私的所有制度に呪縛されているから、計画的な生産や消費が不可能だと考えるのであって、社会的な富がすべての労働者のものであり、分配が公正に行なわれるならば、必ず目的意識的な経済運営は可能なのだ」と。
こうした議論に対するミーゼスの批判は示唆に富んでいる。
「カール・マルクスおよびその正統的支持者たちのそれを含むすべての社会主義体制は、社会主義社会においては、特殊と一般との利害の衝突が全く起こり得ないという仮定から出発している」
「彼らは社会主義共同体国家を『無上命令』(終局的道徳律としての良心の命令―訳注)の基礎の上にのみ、構成し得ると信じている。彼らがこのような仕方に如何に気軽に進む習性を持っているかは、カウツキーが次のように述べる時、最もよく示されている。『社会主義が社会的必然だとすれば、社会主義と人間性質とがもし衝突したとした場合に、自己を調節しなければならないものは、社会主義ではなくて、人間性質であろう』。これは愚かな空想主義以外の何ものでもない」
カウツキーだけでなく、当時の社会主義者のほとんどが、こうした極端な設計主義的志向を持っていたことは想像に難くない。
しかし資本主義を道徳的、倫理的に批判するだけでは、合理的な経済運営を実現することはできない。
ミーゼスの提起から2年後の1922年、ミーゼスの論文が掲載されたのと同じ雑誌でハンガリー系の経済学者カール・ポランニーは論文『社会主義的経済計算』を発表した。
ここでポランニーは、ミーゼスの批判を受け止め、中央集権化された計画経済の困難を認めつつ、分権化され、機能的に組織された社会主義を提起する。
ポランニーはまず次のように述べる。
「われわれはまた、中央の管理経済における計算の問題の解決を不可能だと見なしているということを、包み隠さずみとめる」
「たとえば、ある一つの政治―経済的な最高の経済諮問委員会が靴工場を建設しなければならず、しかし同時になんらかの社会的理想の要求、たとえば当該の工場を農地地区へ移転したいという要求にも応じなければならないとした場合、同委員会は、この計画の理想的側面は社会にとって一体いくら費用がかかったのかを、みずからの課題の遂行のあとで実際に示すことはできないだろう。
中央の管理経済における計算の問題がなぜ原理的に不可能であるかの理由は、まさにこの点に存している。なぜなら、技術的生産性への意思とならんで同時に他の意志的要因もともに作用し、この要因をつうじて、それらの事後の分離は不可能であるような費用要素が気づかずにプロセスのなかに移し入れられる、というようなところで、どのようにして技術的な生産費見積りが可能であろうか?」
ポランニーは、生産に要する自然的費用の把握なしには経済活動は破綻するしかないとのミーゼスの批判を受けとめつつ、同様に社会的な福利厚生、分配の公正などを実現するための社会的費用をも把握しなければならないと提起しているのだ。
「社会的費用の把握なしには―そしてこのことをわれわれは強調して確認しておきたいのだが―社会主義の政治的・道徳的側面は実現されえないのであり、それはちょうど、自然的費用の把握なしに技術的側面が実現されえないのと同様なのである。人類は、自分の理想のためにどれだけのものがかかるかをみずから知っている場合にのみ自由であるだろう」
では、いかにして社会は自然的費用と社会的費用を同時に把握することができるのか?
ポランニーは、自然的費用を把握してできる限り生産性を高めようとするインセンティブと、社会的な目的意識による福利厚生や平等の実現を目指すインセンティブを区別した上でこう述べる。
「異なった動機を相互に比較考量した結果として経済意思が発生するところでは、これら異なった動機に起因する費用要素の、これら動機への別々の算入は、これら動機が別々の主体によって代表されている場合にのみ実行されうる」
具体的には、社会は生産団体(生産共同組合やギルド、自主管理的工場など)とコミューン(様々な地方組織や消費者組合などを含む)という二つの基幹団体によって構成され、生産物価格は異なるインセンティブを有した両者の協定価格として決定される。
生産物価格の内、自然的費用に属する部分は生産団体が、社会的費用に属する部分はコンミューンが負担することによって、より合理的な生産と社会的公正の実現がそれぞれ実現されていくはずだと考えたわけだ。
ポランニーの提起したこの機能的社会主義論は、当時多くの社会主義者によって支持され、ミーゼスの批判にたいする社会主義の側からの回答として受けとめられた。
だが、当然にも確認しておくべきことは、ポランニーの機能的社会主義が成立するためには、市場を通じての価値評価が大前提となることだ。
ミーゼスが指摘したことは、生産費は市場と貨幣経済を通じてしか評価できない点であり、生産と分配を行政的に決定しようとする中央集権的な計画経済では無理だということだった。
ポランニーは、たしかに自然的費用を無視することはできないが、かといって経済的合理性だけを追求するのでは社会主義の理念は実現できない。だから、自然的費用だけでなく、社会的費用を負担する構造をつくる必要があるが、同一の経済主体のなかでこれを同時に実現することは不可能だから、異なる主体に担わせ、異なるインセンティブの綱引きによって協定価格などを決定すればよいのだと考えたわけである。
しかし、自然的費用にしろ、社会的費用にしろ、それを数値化して評価するためには市場や貨幣が必要だとのミーゼスの指摘は、そのまま機能的社会主義にも当てはまる。
さらに、生産団体にしろコンミューンにしろ、問題となることは限られた労働力や資源をどのような部門に、どのように振り分ければ合理的なのかを判断することだが、これをいかにして決定するのか?
さらにブルツクスが既に指摘したように、社会が文明化されればされるほどに、消費ニーズは複雑化し、社会的費用も極めて多岐にわたる。
こうした膨大な諸要素の連関たる生産や配分の問題をいかにして解決していくのかを、ポランニーの機能的社会主義論もまた充分に解明したとはいえないのである。
この点をミーゼスの弟子であったフリードリッヒ・A・フォン・ハイエクは『問題の性質とその歴史』において次のように指摘している。
「種々なる目的が利用可能な資源に対して競争するに至ると、直ちに経済の問題が発生する。こうしてその問題出現の準拠は、費用が計算の中に入れられねばならないところにある」
「こうして根本の問題は、巨大な近代社会の複合的条件の下において、中央当局は果たしてこれらの価値度盛表の含意するところのものを相当の正確さをもって、競争的資本主義の成果に等しきあるいはそれに近い程度の成功率をもって実行しうるか否かに存するのであって、ある種の価値の特定の組が、他の組よりなんらかの点において優越しているかどうかに存するのではない」
ポランニーの提起した機能的社会主義論は、結局のところ市場と貨幣経済の意味を十分に受け止めることはできなかったのである。
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