Review
社会主義経済計算論争(2)レーニンに追放されたブルツクスの指摘は正しかった
1917年にボルシェビキ政権がロシアに誕生し、歴史上初めて「社会主義」を掲げた国家が成立した。
産声をあげたばかりのロシア社会主義を押しつぶそうと躍起となったヨーロッパ各国は、革命圧殺を目的に内戦に干渉し、おびただしい赤軍兵士の血が流され、戦時経済によってロシアは疲弊していった。
こうした厳しい状況のなかで戦時経済体制を続けたロシアは、1919年にブレスト講和を締結し、以降レーニン指導下で新経済政策(NEP)を採用する。
リアリストだったレーニンは、市場経済を再導入して労農同盟を維持する必要を感じていたのだ。
しかし、政治的感覚においては優れていたレーニンも、理論的にはあくまでも社会主義計画経済に固執した。
一方ロシアの経済学者ボリス・ブルツクスは、1920年8月ペトログラードで開催された学者の集会で、社会主義下では合理的な経済計算は不可能だとする演説を行ない、22年には雑誌『エコノミスト』で発表した。
残念ながら間もなくこの雑誌はボルシェビキ政権に弾圧され廃刊に追い込まれ、ブルツクス自身もレーニンの指示によって国外追放されてしまう。
革命直後の政治的に極めて緊迫した状況下だったとはいえ、ここでのブルツクスの提起をもう少し対話的に取り入れていたらソ連邦の未来は少しは変わったかもしれない。
官僚主義的に中央集権化された計画経済に固執せず、市場機能を導入できたかもしれないからだ。
ともあれ、実際に社会主義計画経済を採用しだしたばかりの当時のロシア内部から突き出されたブルツクスの提起は、臨場感に溢れていて非常に興味深い。
「社会主義社会にとっては、経済計算の衰退にまさる危険はない」
「われわれがロシアで目撃しているものは、まさにこの経済計算の衰退」
「確かにミルクが生産され、パンが焼かれ、鉄道車両が修理され、石炭が輸送されている。だが誰一人として、われわれにこれらの工程のコストがどのくらいか言えないのである。このような事態は、必然的に、経済システムを破局へと導くものであり、しかも破局は起きてしまった」
末期のソ連邦では、ジャガイモをいくら栽培しても、輸送手段が整わずに消費者の手元に届く前に腐ってしまう事態が頻発した。
社会的に見れば、膨大な資源の浪費を行なっていたことになるが、ブルツクスの指摘はまさにこうした社会主義経済の致命的欠陥が革命直後から問題になっていたことを示している。
同時にブルツクスは、官僚制計画経済によっては、消費に合わせて生産調整することなど不可能であり、せいぜい生産に合わせての消費しか作り出すことはできないが、これでは文明化した社会を運営することはとてもできないと言う。
「当然、労働者は、自分にとってさまざまな経済上の財貨が有している累進的な価値を認識している。労働者が、ステーキだとかビールの最初の一杯を進んで差し控えることなど、おそらく決してない。だが、彼が家庭をもっていれば、三番目の部屋のために三杯目や四杯目のビールなしにすますということは、確かにあるであろう。
けれども、より大きな住居を求める代わりに、フロックコートや妻のイブニングドレスを買うかもしれない。さらに、文明化された人民としての労働者は、多様な個人的好みをもち、資本主義的市場ではその好みに応じた要求をする。
市場では、無制限に多様な要求が、いかなる形態の統計もなしに要約される。だが、われわれは社会主義の最高経済会議のメンバーとして、この問題をどうやってアプリオリに解決すればよいのか?
消費者が自分達の要求の強力さを表出することができる市場がなければ、そうした解決策を発見するために、いかなる客観的なデータがあるというのだろうか? 市場のないところでは、最も基本的な要求を予測することさえ、ある人々が考えているほど簡単なことではない」
ブルツクスはミーゼスと同様に、計画経済による生産調整は、市場を通じて行なわれてきたコスト計算、収益性を基礎とした生産資源の配分などを不可能にし、また労働価値説にもとづく分配は社会的必要労働の算出という単純な問題では済まされないのだと指摘した。
さらに彼は、文明化した多様な需要に見合う供給をいかに実現するのかについて、社会主義はまったく回答を持っていないと批判したのである。
関連記事
- 「人類の危機」レポート『成長の限界』から40年 デニス・メドウズ氏は再度「これからの20年で人類が経験することは過去200年の変化よりも大きい」と指摘
- 地球環境問題を包括的に指摘したバイブルとも言える書『成長の限界』。 1971年...
- docomoのケータイ補償お届けサービスでSH906iの後継機種SH-06Aをゲット やはりガラケーは便利だ
- 2年ちょっと使った携帯の調子がおかしくなり、ドコモショップへ。 通話やメールに...
- 映画『祝の島(ほうりのしま)』分をわきまえた人間の営みこそ持続可能な未来につながる 原発よりもはるかに偉大な祝島の棚田
- 30年近く中国電力の上関原発計画に反対を続けている島がある。 瀬戸内の入口、山...
- 映画『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』が描くニーチェの「永劫回帰」 ツァラトゥストラの「超人」は可能なのか?
- 皮肉なことに、戦争ほど人間の生を鮮明に浮かび上がらせるものはない。 この逆説的...
- 映画『劔岳 点の記』 日本初の測量を実際に記録した貴重な映像があるはずだが
- 日本の冬季登山で最も厳しい山と言われる剣岳。 明治時代末期、日本で最初にこの...
- ドキュメンタリー映画『精神』 想田和弘監督の観察映画第2弾 モザイク無しに精神障害者の現実を直視
- 一言では表現できない複雑な映画である。 想田監督はまさに、「観察...
- NHKスペシャル『深層崩壊が日本を襲う』 気候変動に対応した新しい防災対策が問われている
- 先日NHKスペシャルで放映されたこの番組、正直ショックを受けた。 この番組によ...
- ドキュメンタリー映画『選挙』 想田和弘監督は世界有数の経済大国で繰り広げられるドブ板選挙をつぶさに観察
- 想田監督は自らこの作品を「観察映画」と呼ぶ。 2時間に及ぶ作品中には、ナレーシ...
- 『母なる大地を守りたい ~立ち上がるアメリカ先住民~』 ウラン鉱山開発に反対するネイティブの闘いは日本の原発立地地域とまったく同じ困難を抱えている
- 前編では先住民居留区での天然ガス開発に反対するシャイアンの人々や、アラスカ北極...
- 映画『アバター(Avatar)』 キャメロン監督はヒューマニズムから環境へと大きくテーマを転換した
- 映画『アバター』は近年にない名作である。 ジェームス・キャメロン監督の代表的な...
トラックバック(0)
トラックバックURL: http://www.ihope.jp/mt/mt-tb.cgi/297

コメントする