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黒百合ヒュッテから南アルプス天狗岳 100名山踏破を目指すオーストラリア人青年はすごかった
ここから東天狗、西天狗の雄姿が望める。
なんとか晴れ間が続くことを願って頂上を目指すが、高度を上げるにつれてガスは濃くなり、結局東天狗のピークは真っ白なガスだらけ。
西天狗に行っても同じだと思い、そのまま下山した。
黒百合ヒュッテまで下りると晴れ間から陽光が降り注ぎ、ぽかぽかして暖かい。ヒュッテ前のベンチで生ビールやワインを楽しんでのんびりと午後のひと時を過ごす。
そしてお待ちかねの夕食だ。 最近はどの山小屋でも食事のレベルは高いが、このヒュッテの食事も十分に満足できるものだった。 とりわけ煮物などの大皿料理を同席した人たちと分け合うパターンは山小屋では初めての経験。
その夕飯の席で一人の外国人青年と会話。聞けばオーストラリアから英語教師の仕事で来日したらしい。
仕事がしばらくオフになった機会に、なんと3ヶ月前の6月から日本100名山をすべて登るために全国を旅しているらしい。
ちなみに英会話教室NOVA騒動の渦中だったので、「仕事はノバだったのか?」と尋ねると、「みんなにそう言われるけど違います」と笑っていた。
彼は最北端の北海道利尻山から徐々に南下し、たまたま南アルプス縦走中の宿として黒百合ヒュッテを訪れた。いつもはテント泊が多いらしいが、その夜は食事をたっぷり摂るためにヒョッテ泊にしたそうだ。
さて、ここまでの話だけなら「暇な外国人だな」で終わるが、そうではない。 私は何気なく「今日はどこから登ってきたのか?」と尋ねると、彼は「清里駅から」と答えた。
「えっ! どこを廻ってきたの?」「赤岳、横岳、硫黄岳、そして天狗岳です」 驚いた私は地図を広げてみる。なんと清里駅から黒百合ヒュッテまではコースタイムで12時間以上。 さらに彼は、「途中で少し道に迷ってしまいました」と語る。一体全体どんなペースで縦走してきたのか?
どうやら彼は、日本100名山登山でのスタート地点を最寄の鉄道駅に決めているらしい。富士山も富士吉田駅から歩き始めて登頂した。「ソウジャナイト、イミナイデショ」と当然のように語るのだ。 しかもすべて単独行で、ほとんどがテント泊。
さすがにこれには唖然とした。定年退職した人たちが、お気軽に100名山の踏破を目指しているのとは訳が違うかなりハードな計画だ。 しかし彼は既に3ヶ月をかけて北海道から八ヶ岳まで南下してきた。
私は彼に、なぜこんなチャレンジをしているのかを尋ねた。 するとこんな風に答えてくれた。
「日本で生活していると、余りにも便利すぎるでしょ。24時間のコンビニ、自動販売機。このままでは自分が弱くなっていく気がします。だからこの計画にチャレンジしたんです」
同様の意見を以前にも聞いたことがあった。同じくオーストラリアから来日し、出版関係の仕事をしていた女性からだ。
「オーストラリアではとても競争が激しい。日本はのんびりしているから、オーストラリアに帰ったらちゃんとやっていけるか不安になる」
日本でも結構メジャーな雑誌の編集部で働いていてもそう感じていたのだ。
オーストラリア人青年に家族のルーツを尋ねると、元々はスェーデンで、ドイツに移住し、彼のおじいさんの代にオーストラリアに渡ったそうだ。 移民の家系であり、全世界どこに行っても一人で生きていく覚悟が歴史的に形成されている。頼るものは自分個人の能力や技能でしかないから、徹底的に自己を鍛えようとする。
後日この話を友人にしたところ、「ユダヤ人も息子を一人で世界に修行の旅に出す。今はどうか知らないが、昔は世界各国の若い露天商はみなユダヤ人だったそうだ」と教えてくれた。
いずれにしても、こうした欧米人から見ると、日本社会はかなり「ぬるま湯」に感じるらしい。
若き日の私なら、「だから日本人は駄目なんだ」と考えただろうが、最近はそう単純には思わない。何世代にも渡って歴史的に形成されてきたものを、そう簡単に覆すことは不可能だ。
もし今の日本人に弱肉強食の欧米的な個人主義を無理矢理当てはめたら、ますます自殺者が増えるだろう。 小泉構造改革はまさにそれをやろうとしたが、その結果日本人の多くは幸せになったのではなく、不幸になっている。
勿論、だからと言って「日本はぬるま湯で良い」などと開き直るつもりはない。 しかし内発的なモチベーションを欠いていくら「強くなれ」と叫んでも無理だ。内発性に支えられた自己修練、自己研鑽こそが必要だと思う。
そんなことを考えながら黒百ヒュッテの夜を過ごし、翌早朝、再び小屋から「天狗の奥庭」へ登ってみる。 この日は気持ち良い快晴で、北アルプスの全山が見渡せた。
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