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西田哲学と「近代の超克」論(5)正統派マルクス主義を墨守した戸坂潤
「ミイラとりがミイラになった」三木とは違い、最後までマルクス主義者としての実践的立場を貫いた戸坂潤は、西田哲学を当時の世界的な思想状況のなかでは評価しつつも、マルクス主義哲学の立場から徹底的に批判した。
1933年に『唯物論研究』で発表した「『無の論理』は論理であるか?」では、次のように西田哲学批判を展開している。
戸坂はまず、西田が『善の研究』における「純粋経験」を発展させた「場所の論理」「無の論理」を整理する。
「観念論的弁証法でも唯物弁証法でも、何かノエマ的に観念とか物質とかいふ有(存在)を置いて、そこで弁証法が成り立つたと見てゐるのであるが、さういふ有の論理では弁証法的矛盾は考えられない。本当の弁証法は、有が直ちに無に裏づけられてゐる、生即死、死即生といふ点にしか考へられないのだ、無の論理によつてしか考へられない、弁証法は自覚に依つてしか考へられない」
つまり西田の「自覚の弁証法」をフッサール現象学との関連において理解し、これは形而上学的なものではなく、あくまでも思惟の方法上のものであると捉えた上でこう続ける。
「弁証法を先ず第一に存在の根本法則と考へなければならぬ理由があり、そして存在と存在の意識とをあくまで区別する必要があり、従って弁証法そのものと弁証法の意識(自覚)とを区別することがあくまで必要なのである」
「弁証法といふものの意味が成立する場所はなる程意識・自覚―それは要するに無によって裏づけられる―だらう、だがそのことは弁証法そのものの成立する場所が意識や自覚だといふことにはならない筈ではないのか」
つまり西田の「自覚の弁証法」なるものは、あくまでも「弁証法の自覚」でしかないと指摘するわけだ。
言うまでもなく弁証法とはあくまで人間思惟の方法のことであり、概念的把握の論理でしかない。これが歴史上実在したとか、あるいはこれを「体現」する何者かを実体化して考えることには無理がある。
しかし戸坂は、あくまで弁証法の実在化と実体化の論理を主張し、そこから西田を批判しようとした。
かかる戸坂の科学主義、実体主義は、スターリン主義哲学の強い影響下にあった当時の日本のマルクス主義者にとって避けられないことだった。
しかし、これでは主客二元論を克服しようとした京都学派の哲学を批判することはできなかった。
さらにより大きな問題としては、より広範な民衆運動の創造を阻むセクト主義的なイデオロギーとして機能してしまったことだ。
1935年に戸坂は、マルクスの『ドイツ・イデオロギー』に倣って『日本イデオロギー論』を発表した。
これは当時の様々な思想的傾向を批判したものだが、狭隘なセクト主義に凝り固まっている。
「統一的で包括的な科学的諸範疇・哲学的諸範疇の組織は、無論厳密に云ふとただ一つしかあってはならない。一つしかないといふことが客観的であることの特色の一つでもあるからだ。さふいふ唯一性をもつた哲学的諸範疇組織を今日、唯物論(乃至もつと説明して云へば弁証法的唯物論)と吾々は呼んでゐる。唯物論はかうした唯一の科学的な論理のことなのだ」
「自由主義は少なくとも日本ファシズムに対抗するためには、唯物論と共同の理論的利害に沿ふ他に、足場はないのである。現下の事情は、唯物論か日本主義か、のエントヴェーダー・オーダーなのだ」
こうした主張に基づき戸坂自身が天皇制ファシズムと最後まで闘い抜いたとは言え、浪漫主義的な傾向の強かった日本の思想状況に対して、なんら内在的に切り込むことはできなかった。
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