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西田哲学と「近代の超克」論(4)ミイラとりがミイラになった三木清

2009年7月17日 09:11 | コメント(0) | トラックバック(0)

 大東亜戦争を肯定した西田の政治的立場もあり、戦前多くの左翼思想家たちは西田哲学への批判を試みた。

 しかし三木清などに見られるように「ミイラ取りがミイラになる」、つまり西田哲学のプロブレマティークに包摂され「転向」していく思想家達が数多く生み出された。

 そこには、当時の左翼思想が総体として抱えていた本質的問題が横たわっていた。
 これについて久野収は、『批評空間』第Ⅱ期第4号での柄谷行人、浅田彰との対談のなかで端的に述べている。

 「当時の哲学科左派の唯物論だと、根源的な矛盾を含んでいるわけです。認識論のほうから言えば、はなはだ受動的で、人間の意識が鏡になって物の実相を映すという模写論だけれども、実践論のほうから言えば、環境や人間を操作し、干渉して真理を暴き出し、さらには外界と内界を積極的に変革する方法になるでしょう。

 マルクスにもエンゲルスにも両方の要素があって、本当の統一は、各人にまかされているのではないか。それで、認識論中心派の、認識を実践に機械的に適用して成功させる、認識論としての弁証法とか、哲学のレーニン的段階とか言って、ソ連型マルクス主義を金科玉条として仰ぐ人たちに対して、京都の哲学者もマルクス主義者も、その問題でたいへん苦労をさせられていた。

 それで、主体と客体との関係とか、主体と主体との間柄的、場所的関係とか、認識論としての模写説と実践論としての変革説とが一見矛盾するように見える関係をなんとかつなぎ合わそうとして、三木清、戸坂潤、船山信一、梯明秀にしても、みんな苦し紛れの綜合主義、統一主義の方向を打ち出す」

 まさに、その苦し紛れの綜合主義、統一主義がいかなるものであったのか、そして西田哲学はかれらのその思想的営為にいかなる影響を与えたのか、以下概観してみよう。

 例えば三木は、1936年に執筆した『西田哲学の性格について』で、次のように述べている。

 「西田哲学は世界哲学として我々をどこまでも世界の中に入れて考える。これは何よりも注意すべき根本的特徴である。普通に世界は我々に対するものと考えられてゐる。しかしそれでは我々は世界の外にあることになる。固より我々は客観的なものとしてどこまでもそのやうな客観界に属すると考へられるであらう。けれども我々は単に客観的なものでなく、主観的なものである。世界が単に客観界と考へられる限り、それは主観的・客観的なものを包むことができない」

 こうして三木は、主観と客観の二元的対立図式を克服する西田哲学の問題意識を継承しつつ、その神秘主義を止揚せんとする。
 それが1939年、後の首相近衛文麿の発足した「昭和研究会」のなかで発表した所謂「協同主義の哲学」である。

 「協同主義の哲学は、主観主義と客観主義とを超えたものであるが、それは主観客観の合一乃至同一といふが如き立場に立つのではない。主客合一の立場は一種の神秘主義に終り、神秘主義は結局観想の立場に止つて現実的な実践の立場とはなり得ず、また神秘主義によっては社会も歴史も基礎附け得ないのである」

 「協同主義の哲学は、主体に対するものは根源的に主体であるといふことを端初とし、またそれは形の思想を導き入れることによって神秘主義を克服し、しかも形は物質的なものとイデー的なものとの統一であると同時にイデー的なものが物質的なものを隈なく押へてゐるところに成立すると考えへることによって、現実的な精神主義を基礎附けるのである」

 「イデー的なものが物質的なものを隈なく押へてゐる」と語る三木にとっては、まさに歴史的現実もまたイデー的なものによって押さえられていなければならない。
 ヘーゲル的な歴史=論理(イデー)なのだ。

 そこから三木は、1938年6月『中央公論』に発表した「知識階級に与ふ」のなかでこう語る。

 「すでに起こってゐる事件のうちに何等かの歴史の理性を発見することに努めること、 新たに意味を賦与することに努めることが大切である」

 これは結局のところ、既に開始されていた大東亜戦争を合理化するイデオロギーとなったのである。


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渡瀬義孝 2008年洞爺湖サミットの開催に合わせ自転車で東京~洞爺湖~札幌1500キロを走破したツーリング洞爺湖に参加。持続可能な未来へ向けエコロジーでリベラルなライフスタイルを! yoshitaka@ihope.jp

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