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西田哲学と「近代の超克」論(1)『善の研究』のプロブレマティーク

2009年7月14日 16:00 | コメント(0) | トラックバック(0)

 明治から昭和にかけて、日本思想界に最も大きな影響を与えた思想の一つは西田哲学であろう。

 戦前マルクス主義者だった戸坂潤は、1933年に執筆した『現代のための哲学』において次のように紹介している。

 「この哲学(故左右田博士は之を西田哲学と名づけた)は、単に我が国だけに於ける代表的な哲学であるばかりではなく、公平に云って、世界的水準から云っても、指導的な位置を占めると云って好いだろう」

 「欧州の、又は主に独乙の、所謂哲学と名の付く哲学が、或る根本的な理由から、全く行きづまって了っている今日では、そして『ハイデッカー』や『ヘーゲル復興』の名を聞いて、溺れる者が藁を掴むように、之にしがみつこうとしている今日の国際的哲学界に於ては、西田哲学の展開と前進とはいよいよこの哲学の優越性を高めねばならないわけである」

 これだけの影響力を有した西田哲学だが、戦争中天皇を頂点とする国体と大東亜戦争を肯定する体制翼賛イデオロギーとなったことで、戦後の日本思想界においてはほとんど内容的な再検討を経ないまま放置された。

 しかし『<近代の超克>論』(講談社学術文庫)で廣松渉が指摘したように、西田哲学の強い影響下に展開した京都学派のプロブレマティークは、戦争翼賛イデオロギーだと政治的に切り捨てて済ますことはできない。

 個々の論客の違いはあるにせよ、総じて彼らが問題としたのは、ヨーロッパ近代が直面した物質文明、機械文明の危機、そこでの人間の疎外状況である。
 その克服の方途を、ヨーロッパ哲学のパラダイムとは異質な東洋的パラダイム=無の哲学によってなそうと試みたのが京都学派の思想的営為なのだ。

 認識論における主観と客観の二元的対立、そこでの模写説と構成説の対立問題、あるいは存在論における唯物論と唯心論、普遍性と個別性、空間性と時間性の問題。
 これらはまさに、ニーチェやフッサールなど当時のヨーロッパ哲学自身が抱えていた重大なプロブレマティークだ。
 京都学派は、西田哲学の内容を継承・発展させつつ、これらの問題を内側から乗り越えていこうと志向したのである。

 ※この点については以下のページを参照されたい。
  http://www.ihope.jp/2009/05/05164543.html

 しかも彼らは、かかるヨーロッパ近代そのものの超克を、単に思想的な課題とするのみならず、極めて実践的な課題とした。
 それによって政治的には自由主義でもなく、全体主義でもないもの、つまりは天皇制に行き着いたのである。
 そしてヨーロッパ近代との歴史的、現実的な対決として大東亜戦争が位置づけられた。

 これらの政治的帰結は歴史的に大きな過誤を生んだが、それでも京都学派のイデオローグ達の思想的営為は、単に戦前の国粋主義、思想統制の下での自己保身ではなく、今日にも通じる「普遍的」なプロブレマティークを有していたことは確かだろう。

 そうであるがゆえにまた、当時の多くのインテリゲンチィアが戦争を肯定する呼び水となり得たのである。
 
 では、そもそも西田哲学はどのような問題を投げかけたのか?
 その出発点とも言える『善の研究』を中心として検討してみたい。

 『善の研究』は、西田が日本のアカデミズムに本格的にデビューするきっかけとなった著作で、1911年に出版された。
 もともとは西田が30歳代の十年間を送った金沢の第四高等学校での講義の草案であった。

 あらかじめ断っておけば、『善の研究』で展開された諸内容はその後、西田自身の手によって乗り越えられていくことになる。
 しかしこの書には西田哲学のその後の展開を理解するためのエートスが示されている。

 1936年の再版に当たり、西田自身次のように述べている。

 「今日から見れば、この書の立場は意識の立場であり、心理主義的とも考えられるであろう。然非難せられても致方はない。しかしこの書を書いた時代においても、私の考えの奥底に潜むものは単にそれだけのものでなかったと思う」

 では、西田哲学のガイストとも言うべきものとは何か。
 同じく「版を新にするに当たって」で、西田は次のように記している。

 「私は何の影響によったかは知らないが、早くから実在は現実そのままのものでなければならない、いわゆる物質の世界という如きものはこれから考えられたものに過ぎないという考えを有っていた」

 つまりデカルト以来のヨーロッパ哲学の限界、物心二元論とそこでの主客の対立を克服することこそが、西田の最大の問題意識だったわけだ。

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