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『機長のマネジメント』が描くクルー・リソース・マネジメント(2)権威勾配は強すぎても弱すぎてもいけない
1977年3月27日、スペイン領テネリフェ島にあるロスロデオス空港で、史上最悪の航空機事故が発生した。
離陸しようとした253人の乗客を乗せたKLMオランダ航空のジャンボ機が、378人の乗客を乗せたパンアメリカン航空のジャンボ機と滑走路上で衝突、583人もの乗客、乗員が死亡した。
世界の航空機事故は、テクノロジーの飛躍的な進歩によって1975年頃までには大幅な減少率を示したが、その後はほぼ横這い状態となっている。
航空機事故の原因究明作業を行ってきたIATA(国際民間航空輸送協会)は1988年に、航空機事故の内の約80%が、コックピットクルーの行動とパフォーマンスにその要因があるとの調査研究報告を出した。
しかもその80%の中には、コックピットクルー個々の知識や技量には関係なく、しかも機材などに致命的な不具合が無いにもかかわらず起こってしまったケースが数多く含まれていることが明らかとなった。
上で紹介した史上最悪の事故もまた、原因となった問題は、KLMオランダ航空のコックピットクルーの行動とパフォーマンスにあると推測されている。
事故当時、1本しか滑走路がないロスロデオス空港は、近隣の空港が一時閉鎖されたことによって緊急着陸する飛行機で込み合い、事故を起こした両機もまた緊急着陸して三時間以上待機していた。
クルーは長い時間待たされて苛立っていたことが想像できる。
そして両機に離陸へ向けた滑走路への移動許可が降りた時には、滑走路上には深い霧が垂れ込めて、管制塔からも両機の動きが確認できない状態だった。
既にオランダ航空機は滑走路の端で離陸許可を待つ状態にあったが、パンナム機は、滑走路のもう一方の端からオランダ航空機の方へ移動中で、管制官の指示では、オランダ航空機を離陸させるために滑走路の途中で脇道に回避する手はずだった。
事故は、パンナム機が確実に滑走路上から脇道に回避したことを確認しないままに、オランダ航空の機長が離陸を開始してしまったことによって起きた。
だが、なぜこんな基本的なミスを防ぐことが出来なかったのか?
オランダ航空の機長は大ベテランであり、しかもパイロット教官のチーフだった。
副操縦士はもとより、他のクルーにとっても絶対的な威厳のあるキャプテンだったわけだが、事故後のボイスレコーダーの解析によって、機長が絶対的な権威を持っていたがゆえにこの史上最悪の事故が起きたかもしれないという皮肉な逆説が推測されているのだ。
ボイスレコーダーには、脇道に回避するようにとの管制官の指示に対して「ランウェイから出たら知らせる」とパンナム機が答えるのを聞いていたオランダ航空機の航空機関士が、機長に対して「もしかしてパンナム機はまだランウィイから出てないんじゃないんですか?」と疑問を投げかけた様子が記録されていた。
しかし、オランダ航空の機長は、この航空機関士の疑問を強い調子で一言のもとに否定していたのである。
この時機長が「そうかもしれないね。ではもう一度管制に確認をとってみよう」と答えていれば、この事故は防げたはずだ。
あるいは、航空機関士があくまでも自分の疑問を引っ込めず、副操縦士も同様の疑問を投げかけていれば、事故を回避する可能性は高まっただろう。
しかし、残念ながら、副操縦士も航空機関士も機長の強い主張に対してそれ以上意見を言うことができなかった。
この事故の原因を、機長の独断専行による判断ミスとすることも、あるいは優柔不断な航空機関士の責任とすることもできるが、それでは本当にこの事故を教訓化することにはならないと考え、クルー全体のパフォーマンスの問題として捉え返そうとするところに、CRMの真髄がある。
このCRMが最も進んでいる国はアメリカだが、アメリカの個人主義は、決して個人のパフォーマンスだけを問題にしてはいないのだ。
この事故などを典型とする多くの航空機事故の分析から、ICAO(国際民間航空機関)は次のような事故防止マニュアルを発表している。
「安全な運航を確保するためには、キャプテン(機長)、コーパイ(副操縦士)及びフライトエンジニア(航空機関士)間の勾配はあまり大きくても小さ過ぎてもいけません。これが適当であれば、クルー間の自由なコミュニケーションが保たれ、航空機の運航もモニターも改善されます。
例えば、この勾配が急過ぎると、コーパイやフライトエンジニアは積極的に話しかけなくなり、キャプテンの行動をモニターする彼等の役割がおろそかになります。これが浅過ぎると、今度はキャプテンが彼の権限を行使できなくなるのです」
ここで述べている勾配とは、操縦室内権威勾配(Trans-Cockpit Authority Gradient)のことで、コックピット内のコミュニケーションが、クルー間の相対的な力関係という要素によって大きく影響されるということを示すものだ。
注目すべきは、この権威勾配が急すぎず、浅過ぎず、適度に保たれることが大切だという点だろう。
往々にして、権威勾配が急であればあるほど、強力で適切なリーダーシップを発揮できると思いがちだが、実は強すぎる権威は、チーム全体のパフォーマンスを低下させてしまうのである。
勿論、ここで言う機長の権威とは、過去の成果に寄りかかるとか、一回の試験で成功したことによって形成されているものではなく、機長自身のたゆまぬ自己修練と訓練、自己管理によって生み出されている本物の「権威」だ。
圧倒的な能力と豊富な経験を併せ持った本物のプロとしての権威だからこそ、機長自らがそのポジション・パワーをコントロールしなければクルーが持っているリソースを充分に引き出すことができない。
そのことによって、機長が犯すかも知れないミスをチーム全体がフォローする回路も閉ざしてしまうことをCRMによって回避するのである。
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