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世界遺産屋久島ツアー2日目 ヤクスギランドから太忠岳へ 巨大な天柱石によじ登る
屋久島ツアー2日目は、太忠岳登山にした。
安房から車で30分ほど山に入ったヤクスギランド。
宮之浦岳に向かう淀川登山口はさらに山奥にあるが、太忠岳登山口はこのヤクスギランドの周遊コースの途中にある。
実は屋久島ツアーを計画するに当って、当初は何としても先ず宮之浦岳登頂を目指していた。
やはり長年登山をしてきた者にとって、日本100名山の一つであり、九州最高峰の宮之浦岳に登頂するのは大きな魅力だ。
しかし、コースタイムは往復で8時間以上。標高1936メートルとはいえ、海に突き出す島の山の登山は標高差が激しく大変厳しい。
これを選択するのならピークハントを目的にひたすら登り、そして駆け下りるしかない。
ツアー日程は4日だが、事実上屋久島を堪能できるのは中2日だけ。
その内1日をただひたすら登山するのでは余りにも勿体ないのではないか? と私は考えた。
山そのもののスケールからすれば、何といっても北アルプスにはかなわない。
山に登るだけなら、わざわざ屋久島まで高い交通費を払い、貴重な時間を使って行く必要はない。
出発2~3日前にこう考え直した私は、屋久島独特の植生や生態系をゆっくりと堪能するために、あえてゆっくりとしたコースを設定した。
とはいえ、やはりそれなりの登山もしたいので、ヤクスギランドから太忠岳へ向けて登山するコースを選択。
宮之浦岳登山なら早朝4時過ぎには宿を出て、遅くとも6時前には淀川登山口を出発しなければならないが、太忠岳ならそんなに朝早く出る必要もない。
「まんまる」の美味しい朝食をゆっくり摂り、紹介された弁当屋で昼食を購入してヤクスギランドに到着したのは午前8時半頃。
天気は快晴で、ヤクスギランドから目指す太忠岳の頂上、天柱石がはっきりと見える。
入場してすぐに分るが、名前から想像するテーマパークのイメージとはまったく異なり、深いヤクスギの原生林が迎えてくれる。
なんでこんな名前をつけているのか理解に苦しむ。
ここをゆっくり歩くだけでも屋久島の豊かな自然を堪能するには十分だ。
150分の周遊コースを歩き、ほどなく蛇紋杉に到着。
根こそぎ倒れた巨大な杉の根は、まさに芸術作品のように横たわっていた。
蛇紋杉の休憩舎でしばし休んだ後、ヤクスギランドの150分周遊コースから外れて、いよいよ太忠岳の登山道に入った。
コースガイドでは、ほどなく巨木がおい茂る「天文の森」となるはずだ。
その上には苔が生い茂り、そこにヤクスギなどの新しい命が次々と芽生えている。
この「天文の森」を過ぎると傾斜は急にきつくなり、厳しい登りが続く。高度を上げるにつれてガスが広がり、あたりは白い霧につつまれていく。気温もどんどん下がり、肌寒くなる。
いったん花崗岩の大岩の真下に出るが、そこからさらに1キロほど山頂左側から大きく回り込み、やっと天柱石の頭が見えた。
少し下ったところにザイルがかけてあり、それをよじ登ると天柱石に連なっている岩のテラスに出た。
残念ながらガスで視界はほとんどきかない。晴れていれば安房の港や海が一望できるはずだが、霧が風に流されていくだけだ。
振り返って天柱石を見上げると、いかに巨大な1枚岩なのかが分る。圧倒的な迫力だ。
テラスを降りて昼食をとり、体が冷える前に下山を開始。時刻は正午を少し回っていた。
蛇紋杉の休憩舎から再度ヤクスギランドの周遊コースに入り、途中母子杉や仏陀杉などを見ながらのんびりと歩いた。
ヤクスギランドは、上り始めた時にはほとんどお客はいなかったが、午後は観光客が大勢訪れていた。
午後3時過ぎには駐車場に戻り、「まんまる」への帰路に。
前日は既に暗くて展望風呂からの景色を楽しめなかったが、明るいうちに展望風呂に入って海を眺めながらゆっくり疲れをとった。
この日の夕食の目玉は、採れたてのトビウオの刺身。
地元焼酎「三岳」と共に美味しくいただいた。
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