Essay

ヒトゲノム解析が生命倫理学に突きつける課題(3)

2009年6月18日 10:28 | コメント(0) | トラックバック(0)

人類は無視界飛行に突入した

 黒崎は、科学が「滑りやすい坂道」と化す条件として次の例を挙げている。

 (1)社会の民主化の水準
 (2)資本の論理
 (3)科学者・技術者の学的関心・名誉欲・非社会性
 (4)俗流科学イデオロギーの存在

 彼が指摘する次のような内容は、人類の命運を左右するかもしれない巨大科学技術の開発・研究を規制し、その暴走を防ぐために最低限必要な視点だろう。

 「科学の現状を規定するのは政治であり、坂の滑りやすさは巨大科学政策を決定する政治体制の民主化の水準に依存する」

 「遺伝子操作技術を市場経済にまかせるか否かに関しては厳格な検討がされるべき」

 「研究の自由を持つ人々が社会へ大きな影響を与えることを何の反省もないままにある問題を社会に突きつけてきたとしたら、社会の側はそれを考察する時間を、場合によってはさしとめる自由を保証される権利があるはず」

 しかし黒崎も自覚しているように、こうした社会的条件をクリアーすれば(それ自身大変な課題ではあるが)危機を回避できるほど、今日の社会が抱えている問題は単純ではない。

 例えば、「ヒトゲノム解析」にしても、現在ジャンクDNAと呼ばれる95%を占めるDNAが本当に遺伝子にとって何の役割も果たしていないのかは、未だ誰にも分からないはずだ。

 ある特定の遺伝子がある特定の疾患を生み出していると解読できたとしても、それに遺伝子治療をほどこすことが、将来の世代にわたってどのような影響をもたらすのかについても同様だ。

 社会的条件すら整えれば、科学技術の正しい適用が行えると考える前提には、科学技術が生み出す結果について科学技術が正しく認識できるはずだ、少なくとも今現在不明でも科学の発展は必ずそれを可能にするはずだという暗黙の了解が存在している。

 しかし、今日の科学技術の加速度的な発展と地球規模の連鎖的影響のすさまじさを目の当たりにする時、こうしたオプティミズムそのものが音を立てて崩れ去っているのではないか?

 とりわけ、遺伝子操作は生物種である人類の進化の過程への介入であり、予想外の危険性を多分に持っている。

 最初は治療という名目で行われたとしても、疾患を生み出す危険遺伝子の操作は、徐々にエスカレートするかもしれない。
 それは肌の色や容貌の変更、さらに頭の良い子どもを持ちたいの親の願望を実現するための遺伝子操作技術にいつでも発展しうるのだ。

 既に1982年の段階で、ニューヨーク・タイムズは次のような社説を掲載していた。

 「欠陥をなおすというのは、確かに一つの言い分である。しかし、いったんそれが日常的なことになってしまうと、より健康であるとか、より見栄えがよいとか、あるいはより頭がよい、というような望ましい性質を与える遺伝子をつけ加えることに異議を唱えることは、はるかに難しくなるだろう。遺伝子の欠陥を治療することと種の改善をすることの間に、識別可能な(discernible)線を引くことなどできないのである」

 実際にアメリカでは、精子銀行が産業化されてノーベル賞受賞者の精子で人工受精を行うビジネスが成立している。
 単なる杞憂では退けることができない事態が進行しているのだ。

 科学技術の発展は、その負の側面を差し引いたとしても、最終的に人類の幸福をもたらすのか?
 科学の発展がもたらす知識の増大は、人間により良い倫理的選択を行う条件を整備するのか? 
 こうした前提そのものを問い直されなければならない時期に私たちはさしかかっている。

 ここに生命倫理学が直面すべき重大な課題が存在する。

 宗教的倫理、少なくともキリスト教的な自然観と目的論的歴史観では、科学技術の発展そのものを問い直すことはできない。

 黒崎はこんな例を紹介している。

 アメリカでは大統領の諮問機関が三人の主要な宗教指導者に遺伝子操作に関する宗教的な反論を検討するよう依頼した。

 「神学者たちの見解では、分子生物学の昨今の発展は、人間が所有すべきではない力を不法行使しているから禁じるべきものだというのではなく、むしろ責任の問題を生じさせている。聖書に基づく宗教では、人間もある意味では創造主とともに創造するもの(co-creators with Supreme Creator)だと教えている。それゆえ...自然に関する知識の増大は、その知識に対する責任ある使用と同様、賞賛され、勧められるものである」

 これに対して、先に紹介したビルはこう語っている。

 「技術が災いをもたらすなら、私自身、技術開発をやめなければならない日が来るかもしれない」

 彼が述べるように、科学技術の発展を手放しで賛美するのではなく、必要に応じて自ら発展を断念するためには、どのような倫理が求められるのか?

 加藤尚武は、『環境倫理学のすすめ』(丸善ライブラリー)のなかで、次のような興味深い問いを立てている。

 「近親相姦のタブーは高等猿類に共通の習慣である。遺伝子治療の技術を開発することによって、近親相姦による出生を遺伝学的に安全なものに変えることができる。この技術を開発し、社会的に普及させることは許されるか」

 「人類を近親相姦タブーから技術的に解放することが、人間的であるのか。近親相姦タブーを可能にする技術を手にした人類があえて近親相姦タブーを守るという決定を下すことが人間的であるのか。正しい解答は後者であるとする。その根拠は人間の歴史的同一性を守るべきだからである。これは自然主義的決定である」

 「地球を何のために救わなければならないのか。維持可能な地球を守るという義務はどこから発生するのか。その最終的な解答は人間の同一性を守るためという自然主義的決定である」

 今や遺伝子操作技術の加速度的な発展は、自己決定権だけでは論じきれない生命倫理の新たな課題を生み出している。

 その意味で黒崎の次の指摘は卓見だ。

 「生命・遺伝子操作の滑り坂論の背後にある真の問題は坂を滑ることそれ自体ではなく、人類の将来を何に託すのかという未来選択の争い」

 「ガイドライや規正法が成立したら解決というものではなく、当分の間哲学の中心に座りつづけるだろう」

 人類が生み出した膨大な化学物質が環境ホルモンとなり、あらゆる生物種の存続そのものを脅かしていることに警鐘を鳴らした書、『奪われし未来』(シーア・コルボーン他 翔泳社)の中にこんな言葉がある。

 「未来への道行きで肝に銘じねばならないのは、人類がいままさに無視界飛行中であるという事実だ。

 人類はいま、地図ももたず、何の誘導もないままに霧をかき分けて飛んでゆかねばならない。この場合、科学者はたいして頼りにならない。

 信頼のおけるレーダーシステムを開発できるわけでもなく、自ら操縦席に陣取り、窓越しに前方を睨んでは、『危険な障害物はないか』と常にハラハラしているというのが科学者の実情なのである」

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