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ハイエクが考察した『市場・知識・自由』 社会主義の破産は必然だった(3)
利己性と公益性
岩波書店『哲学小辞典』は、利己主義(egoism)に関して次のように解説している。
「(1)もっぱら自己の利益のみを大切にして、他人の利益を自分の利益に従属させ、万事をこの観点から判断する態度。(2)個人の利益から出発して道徳の観念や原理を説明しようとする倫理説」
功利主義の倫理説は後者に属し、また「利己主義的倫理説は必ずしも(1)の意味の利己主義を主張するものとはかぎらない」とも指摘している。
社会的公正を阻み、不当な権利・権益を主張する極端なエゴイズムと、18世紀のスコットランド啓蒙思想が問題とした利己性とは区別して考える必要があるのだ。
ホッブス以来前提とされた人間の快楽苦痛原則(快楽を求め苦痛をさけるという原則)は、まずは封建体制下での理不尽な身分的、宗教的、道徳的な禁欲主義的抑圧から人間を解放していくためのイデオロギーとして位置をもった。
ゆえに利己心と人間理性とは対立するものであるよりは補完し合うものであり、利己性とは社会生活を営む人間の自己保存能力とでも呼ぶべきものとして18世紀のイギリスでは理解されていたのだ。
ハイエクが評価しているマンデヴィルなどが、人間の利己心を人間本性の普遍的原動力としたというのも、こうした脈絡の中で理解すべきだろう。
ハイエクが主張するように、歴史の進歩や発展は社会全体の公益性を顧慮した、自己犠牲的で目的意識的な行為によってのみ創り出されてきたわけではない。
むしろ、各個人が利己性を追求するなかで実現したもののうち、優れたもの、普遍性のあるものが生き残り、それが今日に受け継がれたきたと考えるべきなのだ。
これに対して、正統派マルクス主義は、価値の本質(労働)が市場経済では覆い隠されている、ゆえにこれを暴かなければ労働者の本質的な解放はあり得ないと考えた。
価値とは他人にとっての使用価値である以上、市場においてこそ検証されると考えるのではなく、交換価値そのものの止揚を掲げてしまったのだ。
これとは全く異なるパラダイムでイギリス経験論は思考しており、人間の利己性を前提とし、また利己心にもとづく行為であろうとも、それによって公益性に寄与するものも存在し得るという認識に立って問題を考えている。
ゆえに彼らにとって問題なことは、個人の内面における利己性の克服ではなく、社会的制度や枠組みのなかで、どうやって利己性がもたらす公益性への害悪を制限していくのか、規制していくのかにある。
18世紀のスコットランド啓蒙思想は、同時期にフランスで花開いていた啓蒙思想とも多いに影響し合ったわけで、ハイエクのようにイギリス経験主義と大陸合理論とに単純に二分することはできない。
例えばヒュームが1759年にアダム・スミスにあてた手紙のなかで、「それは君が読むにあたいする」と書いて紹介したエルヴェシウスの『精神について』。
これには次のように記されている。
「有徳な人とは、公共の利益のために、かれの諸快楽、諸慣習、もっともつよい諸情念を、犠牲にする人ではない。なぜなら、そういう人間は不可能だからである。そうではなくて、自分のもっともつよい情念がひじょうによく一般的利益と一致し、そのためにほとんどつねに有徳であらざるをえないような人が、有徳な人なのである」
設計主義を自戒するイギリス経験論に近い考え方を述べているのだ。
ハイエクの理解によれば、こうした人間理性と利己心に対するアプローチは、その後のイギリス経験論に継承され、概ね以下のような思想的ガイストを形成した。
①自由とは「負荷なき自我」において存在するのではなく、社会的な規則を遵守することのなかではじめて存在すること。
②その場合の社会的規則とは、特定の個人や集団による専制支配を許さないために存在するのであり、あくまでも自生的秩序を重視すべきであること。
③こうした社会的規則の枠内においては、利己性は最大限認められなければならず、またそのことによって個人の多様な価値観や行為の可能性が拡大し、社会全体の利益、公益性の増大にもつながっていく。
④利己性が公益性と衝突するような場合には、社会的な関係性のなかで淘汰されていく。その重要なプロセスが市場における商品流通であり、市場システムは利己性と公益性を媒介し、社会的判断を形成していく上で不可欠なものである。
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