Review
アンソニー・ギデンズ『第三の道』-効率と公正の新たな同盟-
イギリス・ブレア政権の掲げた政策は、「第三の道」と呼ばれてきた。
これに大きな影響を与えたのは、ニューレーバーのブレーン、社会学者のアンソニー・ギデンズだ。
ギデンズは、『第三の道』-効率と公正の新たな同盟-(日本経済新聞社)のなかで、次のように語っている。
「第三の道の政治が目指すところを一言で要約すれば、グローバリゼーション、個人生活の変貌、自然と人間との関わり等々、私たちが直面する大きな変化の中で、市民一人ひとりが自ら道を切り開いてゆく営みを支援することにほかならない」
ギデンズは、新しい政治の第一のモットーとして、「権利は必ず責任を伴う」を挙げる。
「社会民主主義者は、この際、『不平等は悪である』という年来の強迫観念から自らを解き放ち、平等とは何かを再考すべきである」
「第三の道の政治は、平等を包含(inclusion)、不平等を排除(exclusion)と定義する」
つえにギデンズは、これからの福祉は「ポジティブ・ウェルフェア」であるべきだと主張する。
「生計費を直接支給するのではなく、できる限り人的資本(human capital)に投資することである。私たちはポジティブ・ウェルフェア社会という文脈の中で機能する社会投資国家(social investment state)を構想しなければならない」
『ブレア時代のイギリス』の著者山口二郎氏も、同書のなかでギデンズの影響について次のように述べている。
「政府の福祉サービスの目的は、弱い人を支えることだけではなく、グローパルな競争の中でも自立して働き、生活できる人間を育成することに置かれたのである。
雇用の流動性や柔軟性を前提としつつ、どこの企業でも働けるような質の高い労働力を作り出すことが目標とされた。つまり、人々の依存心を助長するのではなく、人々が自立し、社会に参画することを後押しすることこそが、政府の役割と考えられたのである。
こうしたモデルは、『環境整備型国家』、『人間の力を強化する国家(enabling state)』と呼ばれる。こうした新しい理念の彫琢、政策の展開にあたっては、社会学者のアンソニー・ギデンズなど、労働党周辺の知識人の影響力が大きかった」
山口氏は、「第三の道」を目指すニューレーバーを、アメリカ的な市場原理主義とも、ヨーロッパ大陸的な福祉国家モデルとも異なる、「アングロ・ソーシャル・モデル」と規定している。
ニューレーバーは、「小さな政府」に対して単純に「大きな政府」を対置することしかできない従来の社会民主主義とは異なる、新しい福祉政策、社会モデルを追求しているのだ。
山口氏はその意欲的な取り組みを評価しつつ、同時に次のような限界も指摘している。
「ニューレーバーの実験やアングロ・ソーシャル・モデルには大きな欠落があり、このままでは二一世紀の社会民主主義の新たなモデルとはなれないと考える」
「機会の平等がメリトクラシーや成果主義と結びつくとき、普通の人々にとっては、むしろ競争から脱落するリスクが拡大するという逆説が存在する」
「資本主義経済に棹さす生き方だけが人間にとっての幸福であると規定し、そうした幸福を獲得する生き方を子どもたちに植え付けようとすることはパターナリズムに他ならない。
教育政策が雇用や経済政策とある程度結びつくことは不可避であろうが、市場適合型人間の育成を教育の目的として強調する時、子どもの発達成長は、経済発展のための手段という位置づけに転落してしまう。
こうした主客転倒は、人間の尊厳と自律性を尊重する社会民主主義の理念に反するものである。
メリトクラシーの文化を共有する者だけの機会の平等から、より多様な生き方を許容する社会にできるかどうかが、今後の労働党政治の課題である。
その際、市場と区別された意味での『社会』の領域をいかに支え、活性化するかが鍵となる」
そもそもギデンズが提起した「第三の道」においては、次のようのな原則が掲げられていた。
「民主主義なくして権威なし」
その意味でブレア政権がブッシュ政権と共に「テロとの戦い」にのめり込み、イギリス国内でも情報管理や人権抑圧が強まったことは、「第三の道」からの大きな逸脱である。
ギデンズはまた、「環境配慮型の近代化」(ecological modernization)を「第三の道」の基本綱領の一つに掲げ、ドイツ社民党が基本綱領に「脱物質万能主義」(post-materialism)をいちはやく採り入れたことを高く評価している。
グローパルな競争の中で自立して働き、生活するために、飽くことなきチャンレンジを続けることの先に、本当の生活の豊かさや幸福があるのか?
ロハス=ライフスタイル・オブ・ヘルス・アンド・サステナビリティー(健康で持続可能な生活様式)をいかにして実現するのかについては、ニューレーバーは十分に応えてはいないのだ。
言うまでもなく、「第三の道」は単に政権党に投げかけられた課題ではなく、政党を支え、あるいは批判する多種多様な社会運動総体が主体的課題とすべきことだ。
その意味でギデンズの次の言葉は示唆的だ。
「アクティブな市民社会を育て上げることは、第三の道の政治に課せられた、最も重要な課題の一つである。市民社会が衰退しようとしまいと、旧左派にとっては、どこ吹く風であった。それとは対照的に新左派は、市民社会の盛衰を大いに気にかける」
「第三の道」の可能性を切り拓くのは、市民一人一人の主体的な取り組みなのである。
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