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『文化=政治』~グローバリゼーション時代の空間叛乱~
1999年アメリカ・シアトルで開催されたWTO会議は、会場周辺に詰めかけた10万人以上の労働組合や社会運動・環境運動のアクティビスト、アナーキストなどによって包囲された。
結局開会式会場に各国の代表が入ることが出来ずに中止に追い込まれたのだ。
シアトルで現出したこの事態こそ、グローバリゼーションに反対する新しい社会運動の幕開けだった。
『ブランドなんか、いらない? 搾取で巨大化する大企業の非情』(はまの出版)で一躍反グローバリゼーションとネオリベラリズム批判の中心人物となったナオミ・クラインは、当時のアメリカのメディアの論調を上記のように紹介している。
「『こいつらはいったい誰なんだ』これは今週合衆国で最も聞かれた質問である。(略)
ごく最近まで、貿易交渉は専門家のみによってなされる上品なできごとだった。外部に抗議者など存在しなかったし、ましてや巨大な海亀の格好をした抗議者なんて論外だった。
しかし、今週のWTO会議は上品なんてものではなかった。シアトルでは非常事態が宣言され、市街は戦場のようになり、交渉は決裂してしまったのだ」
こうした欧米における「新しい社会運動」を紹介する毛利嘉孝著の『文化=政治』(月曜社)は、大変刺激的な本だ。
シアトルに結集した人々は多種多様だった。
貿易自由化により国内での雇用を奪われていくことに反対し、保護貿易主義を掲げるAFL-CIOなどの労働組合。
多国籍企業が世界中の環境を破壊していくことに反対する環境活動家。
先進国の一部製薬会社が知的所有権を独占していることによって、エイズで毎日何千人も死んでいく貧しい国々の人々にエイズ治療薬が安価に提供されないことに怒るエイズ・アクティヴィストなど。
毛利氏はこうした人々にとってシアトルがどのような意味を持っていたのかを次のように解説する。
「シアトルの闘争の重要性は、これまで薄々みんなが感じていたけれどもはっきりと言説として組み立てられてこなかった、ある感覚が一気に噴出したことである。それは、『なにかとんでもない不正が今の世界で行われている』という感覚である」
「シアトルの闘争が転回点として重要なのは、その内容もさることながら、そのスタイルの新しさにある。
それまで、政治に無関心と思われていた若者たちが多数参加したことは、それまで『政治に無関心な若者』を批判してきたメディアを慌てさせた。
大音量のダンスミュージック、笛やドラムなどの鳴りもの、ダンス、パフォーマンス、派手なコスチューム、色とりどりの横断幕やプラカード、ファッショナブルにデザインされたTシャツや帽子、ぬいぐるみや巨大な人形といった、これまでの政治運動ではあまり見かけなかったアイテムは、保守的な人びとだけでなく、これまで運動に関わってきた人をも困惑させるのに十分だった」
そしてシアトルで取り組まれた運動は、マスメディアが描いたような「無軌道な若者達の暴走」などではまったくなく、事前の周到な準備によって組織されていた。
「とりわけ『非暴力直接行動』という戦術に関しては綿密な準備と情報の共有がなされた。
『非暴力』というものがどのような歴史を持ち、どのような理念を持っているのか。そして、この『非暴力』という理念が警察との緊張関係にある時に、どれほど重要な役割を果たすことができるのか。具体的にどのように警察の暴力行為に対応するのか。危機的な状況の際に集団の決定をどのように行うのか。こうしたことがいちいち確認された。
また同時に、けがなどの応急処置やバリケードの構築の技術、万一警察に逮捕された時の対応と、その対応の際の法的知識から、デモや集会におけるストリート・パフォーマンスまで、さまざまな実践的な知識も共有された」
「抗議行動への参加目的は多種多様だったが、この『非暴力ガイドライン』を遵守することだけは一定の合意として参加前に要請されていた。
物理的であれ言葉によるものであれ暴力からは距離をとること。武器を持ってこないこと。ドラッグやアルコールを持ち込まないこと。建造物などを壊さないこと。
繰り返しになるが、これはあくまでも最低基準の合意であり、そのほかの信条を縛り付けるものではなかった」
こうしたシアトルの闘争はある日突然に沸き起こったのではなかった。
毛利氏は、欧米の30人以上の活動家や理論家の論考を収めた『ACT UPからWTOへ:グローバリゼーションの時代の都市の抗議運動とコミュニティの形成』というアンソロジーを紹介しながら指摘する。
「シアトルの闘争に突然現れたように扱われている反グローバリズム運動が、その方法論や文化実践においてACT UPやリクレイム・ザ・ストリート、クリティカル・マスなど、80年代の終わりから90年代にかけて、特に先進国の若者たちを中心に広がってきた政治運動を継承していることを鮮やかに示している」
ACT UP(AIDS Coalition to Unleash Power 権力解放のためのエイズ連合)は、1987年ニューヨークで結成された。
1987年3月10日にニューヨークのレズビアン&ゲイ・コミュニティー・サービス・センターでのラリー・クレイマ-の呼びかけは、ACT UPが本格的に行動を開始するきっかけとなったとされる。
ここでクレイマ-が訴えたのは「怒り」だ。
アメリカでは当時エイズ患者が3万2000人に達していたにも関わらず、対策は遅々として進んでいなかった。
クレイマ-は、のろのろと新薬の審査をしている食品医薬品局(FDA)と国民衛生研究所(NIH)、そして利益確保を最優先している薬品会社に対して、一刻も早くエイズ患者への治療を行うことを怒りを込めて要求したのだ。
同時に、当時のニューヨークの代表的なエイズ関係団体だったゲイ・メンズ・ヘルス・クライシス(GMHC)が直接的な行動を躊躇していることを批判し、「政治行動」を行うための組織を結成することを呼びかけ、ACT UPが誕生した。
最初のミーティングには約300人、その直後にウォール・ストリートで行った最初のデモには250名が参加し、17名が逮捕される。
その年の7月1日にワシントンで開催された「第三回エイズ国際会議」では64名の逮捕者を出しながら抗議デモを行い、10月の「レズビアンとゲイの権利のためのワシントン行進」では50万人が参加。
ACT UPのメッセージは瞬く間に多くの人々へ波及していった。
「その表現力、デザイン性、独特のブラック・ユーモア、メディア戦略、そしてプロフェショナルな広告戦略の奪用ともいえるACT UPの文化に対するアプローチは、旧来の社会運動とは一線を画していた。
それは、政治運動でありながら、同時にその時代のエッジを切り取っていく文化運動でもあったのだ。そして、このことによって、ACT UPは今日の反グローバリズム運動や反戦運動の先駆的な存在として位置づけられている」
シアトルでの闘争に象徴される新しい社会運動のなかで、このACT UPと共に重要な役割を果たしたのが、リクレイム・ザ・ストリート(Reclaim The Streets)だ。
RTSはロンドンの反道路運動から始まったが、その後ニューヨークやサンフランシスコなど世界規模で拡大した。
シアトルの闘争後に、イギリスの「ガーディアン」紙は次のように紹介。
「わが国の自動車産業が瀕死の状態の時に、国際市場でいまだに強力な存在感を示している英国の集団がいる。それは、ストリートの抵抗である」
毛利氏自身、ロンドン滞在中の1997年4月、総選挙反対運動のなかでRTSを目撃した。
「ロンドンの中心地であり、観光客が集まるトラファルガー広場は、その日数多くの若者たち、アナキスト、港湾労働者、ソーシャル・ワーカー、ゲイ・レズビアン活動家、反戦運動家、環境活動家など二万の人びとによって埋めつくされた。
広場のまわりの道路はブロックされ、サウンドシステムを積んだ自転車が走り回り、テクノサウンドからサンバまで爆音が鳴り響き、広場に面したナショナル・ギャラリーには巨大な横断幕がかけられた。
広場とその周辺の道路では人びとがストリート・パーティを繰り広げ、その日首都の交通は遅くまで麻痺した」
RTSが結成されたのは1991年。
高速道路拡張計画に反対して直接行動を行うなかから、自動車によって占拠されている都市のストリートを自分たちのもとにゲリラ的に取り戻すストリート・パーティへと運動は発展。
RTSのような運動のあり方はDiY(Do it Yourself)文化とも呼ばれている。
このDiY文化は、既存の左翼運動に対する批判でもあった。
ニューヨークでRTSを組織したステファン・ダンコムは、旧来の左翼運動を次のように批判している。
「ダンコムによれば、RTSの主要な参加者となったのは、旧来の左翼運動のもつヒエラルキー構造にあきあきしていた人びとだった。
旧来の左翼運動は、中心的な指導者が存在し、指導者がデモや集会を組織し、指導者が話をし、参加者がその話を聞くという形式が主流だった。
しかし、その指導者の話とやらも、たいがいは、すでにどこかで語られたことばかりだった。
それは、何か積極的に作り出すというよりは、常に何かに対して『反対』をするばかりで、否定的で、悲観的で、消極的なものでしかなかったのである。
そこには、何かを新しく作り出していくような、わくわくする魅力を決定的に欠いていたのだ。
若い世代はそうした古い左翼文化にうんざりしていた。
RTSのDiY文化は、そうしたこれまでの左翼のスタイルを批判したのだった。カーニバルという手法も、指導者と指導される大衆という固定的なヒエラルキーを反転させ、享楽と解放を同時にもたらすために導入されたのだった」
新しい社会運動がラジカルなのは、単に戦争や紛争、絶対的貧困のなかで苦しむ人々への共感や連帯だけでなく、この世界が内包しているとてつもない不正を覆い隠している既存の権力や秩序、商業ジャーナリズムや大衆消費文化などへの疑問や怒りを内在的な立脚点にしているからだ。
だからこそ権力や資本によって与えられる出来合いの文化ではなく、自分達自身の手で新しい政治と文化を創造する強い意気込みを内包している。
こうしたサブ政治の発信するメッセージをどれだけきちんと受けとめることができるのか。
既存の政党や左翼運動に、今後ますます問われる課題だ。
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