Review
『市民の政治学』―討議デモクラシーとは何か―
世界各国では従来の左翼運動の枠を超えた「新しい社会運動」が発展している。
『市民の政治学』―討議デモクラシーとは何か―(篠原一著 岩波新書)は、こうした新しい社会運動の方向性を詳しく紹介している。
著者の篠原氏は、イタリアの社会学者メルッチによる新しい社会運動の性格を紹介。
「まず、運動の存在理由についてであるが、新しい社会運動にとっては、国家権力を掌握するか、それに失敗するかは問題ではなく、また何らかの明らかな結果をうるためだけのものでもない。
これはむしろ社会における権力関係を暴くこと、つまり権力のありかを可視的にすることに目標がある。(略)大切なものは運動の組織自体ではなく、運動が発する記号と言葉であり、そういう点で文化的意義をもっている。
従って、政治はこの運動をそのままとりこむことはできず、それが発するメッセージをいかに理解するかが重要になる」
マルクス・レーニン主義などの影響を強く受けた従来の左翼運動は、「権力への意志」の呪縛に囚われてきた。
そこから解放された地点から、新しい社会運動は発展してきた。
「運動はものをかちとる道具的手段ではなく、本来自己言及的である。つまり、それを行うことが自分にとって意味をもつ」
表面的には運動者の個人化が進むが、にも関わらずイラク反戦などに示されるように巨大な動員がかちとれる。
インターネットなどを通じて日常的に不可視的なネットワークが存在しており、そのネットワークや対抗文化の存在が大規模な動員を生み出しているわけだ。
欧米においては、WTOやイラク戦争に反対する何十万、時には何百万規模のデモが巻き起こる。
これらの動員の主体は、政党、労働組合、様々なNGOやNPOなど多種多様だ。
それらを「これは新しい社会運動」、「これは旧来の社会運動」などと区分けすることには余り意味はない。
とは言え、多種多様な運動のコラボレーションの全体が、「新しい社会運動」として括れるような一定の方向性を持つことは確かだ。
篠原氏はこうした現実の運動が、市民社会論の重鎮であるユルゲン・ハーバーマスの理論にも影響を与えたと指摘。
ハーバーマスは1962年に『公共性の構造転換』を執筆し、近代初期に国家と社会の緊張関係の中から形成された市民的公共性が充分に機能しなくなったとのペシミスティックな分析をした。
ところが1990年の東欧革命後、『公共性の構造転換』の再版に当って新たに執筆した長い序文のなかでは次のようの述べた。
「多元的で、内部で非常に分化した大衆からなる公衆がもつ抵抗能力や、とりわけ批判のポテンシャルについて、当時私は悲観的すぎる判断を下していた」
これを引き継いでハーバーマスは1992年『事実性と妥当性』のなかで、社会変革の可能性=ラディカル・デモクラシーを支える協(討)議政治(Deliberative Politik)理論を展開した。
ここでハーバーマスはコーエンを引用して次のように主張。
「不服従の実行者からみれば、政治システムによるある決定は合法的になされたにもかかわらず、憲法原則に照らせば正統性がない。そこで市民は非暴力的抵抗を行わざるをえない」
「それは『市民社会の政治社会への影響を徹底化する合法的試みが失敗し、それ以外の手段も排除されている場合に、市民社会と政治社会の結合を取り戻すための手段なのである」
「この市民的不服従運動は政治システムへの圧力として行われるが、それは同時に市民社会自体へのメッセージであり、それがまた市民社会の討議を活発化する」
市民社会と政治社会のあるべき結合の姿を想定するこうしたハーバーマスの立論に対して、ジョン・S・ドライゼクは次のような批判を行っている。
「政治システムや経済システムは排除者を出すものであるから、システムに対する反乱はいつも存在し、むしろそこから民主化がすすむ。そういう意味で討議デモクラシーは反乱(インサージェント)デモクラシーという側面をもつ。要するに、ハーバーマスはリベラルな立憲主義者、法治主義となってしまっているのではないか」
ともあれソ連・東欧が崩壊し、マルクス主義革命の観念性と不可能性が明らかとなるなかで、「革命」はあり得ないとしても、既存の国家システムや社会秩序が戦争や暴力、差別や抑圧を生み出す場合、いかにして「抵抗」や「反抗」を試みてこれを是正するのかが問われている。
観念的な理論を振り回すのではない、地に足をつけた市民の取り組みこそが社会を変革するのである。
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