Review
上原良司『あゝ祖国よ恋人よ』を意図的に無視した映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』
石原慎太郎が製作総指揮、脚本を手がけた映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』。
これを観て即座に思い出したのは、映画で描かれた知覧航空隊の特攻隊員として戦死した上原良司のことだ。
特攻隊員から母のように慕われた富屋食堂の鳥濱トメさんは、「たった一人だけ日本が負けると言った人がいました。上原大尉でした」と語っていた。
しかし映画では、「日本は負ける」と語ったのは別の隊員のように描かれている。
『あゝ祖国よ恋人よ』(上原良司 信濃毎日新聞社)を紐解けば、その理由がわかる。上原が残した日記と遺書の存在は、石原にとって余りに都合が悪かったからだ。
上原は学徒出陣で慶応大学の学業を断念し、終戦3カ月前の1945年5月11日に特攻で戦死した。
出撃の前夜に記した最後の遺書「所感」に次のように記している。
「人間の本性たる自由を滅す事は絶対に出来なく、例えそれが抑えられているごとく見えても、底においては常に闘いつつ最後には必ず勝つという事は、彼のイタリアのクローチェも云っているごとく真理であると思います。権力主義、全体主義の国家は一時的に隆盛であろうとも、必ずや最後には敗れる事は明白な事実です」
彼は天皇制ファシズムの下にあった当時の日本を批判し、その敗北の必然を見抜いていた。だから日記にもこうある。
「悠久の大儀に生きるとか、そんなことはどうでも良い。飽くまで日本、愛する祖国のために、独立、自由のために闘うのだ」
「所感」にも記されているとおり、上原はイタリアの歴史哲学者ベネディット・クローチェの思想に強い感銘を受けていた。
一時イタリアの文部大臣も務めたクローチェは、ムッソリーニのファシズム政権に抗して進歩的雑誌「クリティカ(批判)」を発行。
1925年には「反ファシスト知識人宣言」を発表して反ファシズム運動の先頭に立ち、ムッソリーニ政権崩壊後に介入したドイツ軍との戦いでは、自由党を率いて「国民解放委員会」に参加した。
上原はクローチェの思想を、主に羽仁五郎著の『クロォチェ』から学んだようだ。
感銘を受けたクローチェの言葉に赤鉛筆で傍線を記していた。
「祖国に対する義務は真理に対する義務の中にこそ成立するのである。いかなる言葉も行為も、それが理性を棄て真理をまげたものであったなら、それらはすべて真に祖国の栄光にささげられた奉仕ではあり得ず、むしろ祖国に汚点をつけるものである」
全体主義に染まった日本、しかも皇軍の中でなお、自由を希求する精神を失うことがなかった上原。
最後の別れを告げに帰郷した際、家族や近所の人々にこう語った。
「俺が戦争で死ぬのは、愛する人達のため。戦死しても天国にいくから、靖国神社にはいないよ」
ちなみに映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』の後半では、「靖国神社」がしつこい程強調される。
比較的抑えたトーンで特攻隊員たちの葛藤を描いていた前半はまだしも、不自然に靖国がプロパガンダされる後半は興醒めした。
石原は自らの政治的スタンスにこだわるあまり、本当の問題を突き出せなかった。
問うべきことは靖国云々ではなく、特攻隊員たちが自らの生命を賭して国民に託した希望に、私たちは本当に応え得ているのかにある。
「一器械である吾々は何も云う権利もありませんが、ただ願わくば愛する日本を偉大ならしめん事を、国民の方々にお願いするのみです」
そう遺して逝った上原。
私は、彼が愛したクローチェの次の言葉こそ忘れてはならないと思う。
「自由の木は民衆の手によって植えられ、民衆の血によってそだてられ、民衆の剣によってまもられるのでなければ実を結ばぬのである」
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コメント(2)
「愛する人のため」とか言って死んでほしくないです。もうそんなことはいらないです。日本でもどこでも。
トトさん
コメントありがとうございます。
「愛する人のため」が国家やイデオロギーなどの外側から押し付けられるのはうんざりですね。
でも、内発的にそんな気持ちになることもあり得るでしょう。
たとえば不治の病に苦しむわが子の前で、「もしこの子の命が助かるなら自分の命と引き換えにしてもいい」と考える親とか。
トトさんもそんなナチュラルな気持ちは否定しないと思いますが、あくまで内発的なものでなければ嫌ですよね。
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