Review
映画『水になった村』(大西暢夫監督作品) 四季の恵みのなかで食べることと生きることの意味を問い直す
本当の豊かさとは何だろう?
2006年秋、岐阜県徳山ダムで試験湛水が始まった。総貯水量6億6千万立方メートルを有する日本最大のダムが誕生した。
ダムの湖面の下には、旧徳山村の8つの集落が眠っている。50年前にダム建設の話が持ち上がった時には、約1600人が住んでいた村だ。
ほとんどの住民はダム建設にともない市街地につくられた移転地へと引っ越したが、水没寸前まで村にとどまり生活を続けた老人たちがいる。
監督の大西暢夫が初めて村を訪ねたのは、村が水の底に沈む15年前。電気もガスも水道も断たれた村には、元気なジジババたちが暮らしていた。
20代だった大西は彼らに「兄ちゃん」と可愛いがられ、あっという間に村の生活に惹きこまれていく。そして彼らとの15年間を撮り続けたフィルムがドキュメンタリーになった。
ついに最後の時を迎え、重機で取り壊される古い家。ジジババたちは手を合わせ祈るように涙を流す。そしてダム建設に追いやられるかのように一人、また一人と亡くなっていく。
彼らは怒りもしないし抗議もしない。ただ、「人が神様の仕事に手をつけはじめてまったなア」と嘆くのだ。
文明化された都会に生きている私たちの身の回りには、たくさんの物や情報が溢れている。それに比しダムの底に沈んだ山奥の村には、一見すると何もない。
しかしこの映画を観終わったら、都会で暮らす私たちの生活こそが色褪せて見えてくるだろう。
ジジババたちは、四季折々の自然の恵みを思う存分楽しんでいる。揖斐川上流に位置した村の98%は森林だった。春にはこごみ、わらび、ぜんまい、うどなどの山菜が山ほど採れる。秋はとちの実などの木の実やきのこが一杯だ。
ふき、たけのこ、わさびにみょうがも美味しそうだ。彼らはまるで宝の山に分け入るかのように、目を輝かせて生きている。
採れたての自然の恵みは、手間暇をかけて美味しく調理され、保存食にもなる。「わしらは、塩さえ持っていれば、家族みんなをおなかいっぱいにできる」との言葉は圧巻だ。
大西は80代の徳田じょさんと2人で、5合の炊き込みご飯を一気に平らげてしまう。「じょさん食い過ぎやで!」「山で食べると何でもおいしいの。はははは?っ」。
この映画は最高の、そして本当のグルメ映画かもしれない。ジジババたちはいつも美味しそうに食べ、笑い、そして感謝している。
テレビで放映されるグルメ番組とは違い、彼らは毎日の糧を得るために働き、生き、食べている。食べることと生きること、そして働くことは一体なのだ。
だからこそ彼らは、人間が自然との長い長いつきあいのなかで培ってきた驚くような知恵や文化を身に付けている。自然のなかに豊かさを見出す審美眼を備えているのだ。
だから彼らは、どんなきらびやかな都会のネオンよりも、徳山村の自然に惹かれたのだろう。
文明の名において徳山ダムの底に沈めてしまったものが、どんなにかけがえのないものか。
人間は自らの手で、自らの存立基盤を崩している。それを痛感させてくれる映画だ。
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